政府は6年後、約480億円をかけて新たな国立公文書館を開館させる計画です。私たちが新型コロナと戦った記録は、将来世代が新たなウイルスの脅威と向き合う際の糧にもなります。公文書館やインターネットのアーカイブを訪れる子孫に恥じない記録が求められています。

三木由希子・情報公開クリアリングハウス理事長「責任の所在を明確に」

政府による新型コロナ対策の記録のあり方について、特定非営利活動法人「情報公開クリアリングハウス」(東京・新宿)の三木由希子理事長に聞きました。

――政府が「歴史的緊急事態」として記録を義務づけたことをどう評価しますか。

三木由希子・情報公開クリアリングハウス理事長

「会議の記録を保全するという発想は良いのですが、記録する会議の範囲を明確にする必要があります。たとえば政府は新型コロナ対策を議論する『連絡会議』を記録の対象としていますが、どの範囲までが連絡会議なのかははっきりしていません。新聞報道によれば、首相は厚労省の幹部などを交えた会議を毎日のように開いています。それらが連絡会議に相当するならば記録を残さなければいけません。さらに厚労省の専門家会議は非公式の会合を開いているようです。非公式な会合で合意ができ、表の会議で正式に決める場合もありえます。ならば非公式の会合についても会議の記録を残さなければいけないでしょう」

――会議を記録する上でのポイントは何でしょうか。

「責任の所在を明確にし続けることです。誰がどのタイミングで何を知ったのかまで明らかにする必要があります。新型コロナのような緊急事態はたくさんの人に多大な負担を強いるのですから、政治的な責任は重いと言えます。首相をはじめ政権中枢の政治家は、政策の結果にだけ責任を負うわけではありません。なぜ個々の判断を下したかと、プロセスに対する説明責任も負わなければならないのです。記録を作らなかったり、隠したりすることで逃げ道ができないようにしなければなりません」

――責任が大きければ大きいほど、政治家は記録をあいまいにしたいと考えるのではないでしょうか。

「政府と有権者の間の緊張関係が重要となります。選挙を通じて選ばれた大臣が『自分たちにマイナスの情報でも記録しなければ正当性を問われる』という緊張感を持たなければ、正確な記録は作成されません。実際に会議を記録する官僚は、政治家の顔色を見ながら記録を作るからです。政治家が『記録するのは当然』と思わないかぎり、官僚が記録を加工する可能性は常にあります。高い地位にある政治家の記録が、政治家個人の保身を超えて残る構造を作らなければいけません。そのためには私たち一人ひとりも選挙などを通じ、そのようなシステムを築き上げる責任があるのです」

――新型コロナ対策の記録は歴史的にも重要になります。

「ひとつひとつの判断の積み重ねについて責任を明らかにする形で記録が残っていなければ、将来への教訓も残りません。地位にある人の責任を問うということは、その人の人格まで含めてまるごと否定することではありません。特に新型コロナのような前例のない危機では、いつも複数の選択肢を前に、誰しも間違う可能性があります。正確な記録を残しておけば、なぜ間違えたのかを知ることができます。行政組織が健全に、効率的に問題を解決していくためにも正確な記録が必要なのです」

(高橋元気)

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