天然痘に勝利、SARS封じ込め パンデミック闘いの歴史
人類と恐ろしい伝染病との闘いは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が初めてというわけではありません。古くはペスト、天然痘、梅毒などの疫病との闘いがあり、近年でも重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)、鳥インフルエンザがありました。
忘れてはいけないのは、人類はその都度、経験したことのない災厄に立ち向かい、克服してきた歴史があるということです。
そこで、今回は書籍「ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史」(日経ナショナル ジオグラフィック社刊)から、COVID-19と同じコロナウイルスであるSARSにどう立ち向かったのかと、実際に封じ込めを越えてウイルスの根絶に成功した天然痘の例を紹介しましょう。
人類が唯一撲滅したウイルス
天然痘は、高熱が出てのう胞となり、生涯その跡が残る病気です。病原体は天然痘ウイルスで、17世紀から18世紀にかけてはその病毒性の高さが恐れられ、欧州では「まだらの怪物」と呼ばれました。天然痘の流行を主に起こしてきたのは大痘瘡型と呼ばれるウイルス株で、ヨーロッパでは18世紀末まで年間およそ40万人が天然痘で命を落としました。
専門家は、1万年ほど前のアフリカに生息していた、げっ歯類の保有ウイルスが進化したものと考えています。
古くから人類に感染していたようです。紀元前1157年に死んだエジプトの王ラムセス5世のミイラは顔に病変部が見られ、天然痘のために命を落とした可能性が指摘されているほどです。日本でも700年代に天然痘が猛威をふるった記録があります。島国である日本に天然痘が入ったのは、文明の発展と無縁ではなく、中国や朝鮮半島との交易を通じてもたらされたと考えられています。
長きにわたって人類を苦しめてきた天然痘から救ったのが、英国の医師エドワード・ジェンナーです。ジェンナーは1796年、牛痘、すなわち感染したウシの膿(うみ)=膿疱(のうほう)を未感染の人に接種する方法を発展的に編み出しました。
今では、考えられませんが、ジェンナーは庭師の8歳の息子ジェームズ・フィップスに牛痘を接種し、その後数回にわたって天然痘を接種するという実験を行いました。ジェームズ少年にとって幸運なことに、ジェンナーの仮説は正しく、彼は天然痘にかからずにすんだのです。
ちなみにジェンナーが編み出した方法は、牛を意味するラテン語「vacca」から「vaccination(ワクチン接種)」と呼ばれるようになりました。今日、私たちに身近なワクチンの元祖です。
ワクチン接種は、英国で絶大な効果を発揮し、すぐに世界中に広まりました。1804年から14年にかけてのロシアでは200万人が接種を受けたといいます。
その後も天然痘との闘いは続きましたが、1975年にバングラデシュの3歳の女の子ラヒマ・バヌーが発症したのを最後に、2種類のウイルス株の中でも病原性の高い天然痘ウイルス大痘瘡型に自然感染した人間はいなくなり、80年に世界保健機関(WHO)は根絶宣言を出しています。
突然現れ、突然消えたSARS
今、世界を揺るがしているCOVID-19と同じコロナウイルスによる感染症がSARSです。最初に確認された感染者が、2002年11月16日、中国南部の広東省で農業に従事する若い男性でした。
この男性は回復して退院しましたが、その後の数週間で同じ症状を示す患者が次々と現れました。患者の多くは最初の男性と同じく無事に回復しましたが、死亡する人も出ました。
3カ月後、広東省でこの病気の治療にあたっていた医師の1人が結婚式に出席するため香港に向かいました。この医師は香港のホテルにチェックイン後に体調を崩し、数日後に死亡。医師のホテル滞在は24時間にも満たなかったものの、近くの部屋に泊まっていた宿泊客にもすでに感染が広がっていました。
78歳のカナダ人女性も感染した1人で、2日後にカナダのトロントに戻った彼女は、その時点で肺炎に似た症状になって亡くなります。それからの数週間で、カナダでは約400人が同様の症状を訴え、トロントの住民2万5000人に隔離措置がとられ、うち44人が死亡しました。
このホテルに宿泊していたもう1人は、ベトナムに向かう飛行機の機内で具合が悪くなり、ハノイの病院に運ばれますが、やはり病院で亡くなり、ここで医療スタッフや他の患者に感染が広がります。
WHOの職員で、ハノイを拠点に活動していた感染症が専門のイタリア人医師カルロ・ウルバニ氏に、病院から緊急要請の電話が入ります。ウルバニ氏は、この病気を今までにない未知の感染症だと結論付け、WHOに警戒態勢を敷くよう連絡しました。その彼もSARSに感染して亡くなっています。
SARSは主に感染者との濃厚な接触(キス、ハグ、直接接触、食器やコップの共有、1メートル以内の接近)により感染すると考えられています。
COVID-19と同様、SARSも、患者が咳(せき)やくしゃみをしたときに飛び散る飛沫によって広がると考えられています。飛沫が付着した表面や物体に触れた手で口や鼻、目を触ったときにもウイルスに感染します。広い範囲の空気感染や他の経路による感染が起こっている可能性もあるが、完全には解明されていないのが実情です。
03年4月23日、北京郊外に1000床のSARS専門病院が開院します。ところが、治療した患者はわずか680人で、6月の終わりにはもはや必要がなくなります。WHOは中国でSARSの危機が去ったと判断。7月初めにSARS患者が出た29カ国でのSARSの終息を宣言します。北米、南米、ヨーロッパ、アジア諸国を巻き込み、8098人の患者と774人の死者を出したSARSの大流行は、このように突如として始まり、あっという間に終息しました。
一般に人に感染するヒトコロナウイルスは、かぜを引き起こすウイルスとして既に知られていましたが、重篤になることはまずありません。02年に登場したSARSこそ、当時の「新型コロナウイルス」だったわけです。
SARSが消えてから、12年に中東でMERSを引き起こすコロナウイルスが、そして19年に猛威をふるうCOVID-19が登場しています。ウイルスと人類の闘いの歴史に、COVID-19がどう記録されるのか。私たちの行動にかかっていることは確かです。
(文=編集部、日経ナショナル ジオグラフィック社)
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