こんな時だからこそ 脳裏をよぎる名店の「あの味」
ご承知のとおり現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、ラーメンマニアを含め、皆が一致団結して自宅待機を実施しているところである。私もその一助を担うべく、お取り寄せラーメンやカップ麺を購入し、自宅でその味を満喫している。ラーメンに限らず、そのような状況に置かれると、自分が求めているものが、どんどん明確になってくる。私の脳裏をよぎるのは、日本を代表する名店の「あの味」だ。
そこで今回は、これまで訪ねた名店の中で、特に印象に残っている店をご紹介することとしたい。コロナが終息した暁には、是非、足を運んでいただきたい。もちろん私も、真っ先に駆け付ける所存である。
らーめんかねかつ 〈「らーめん」「つけめん」「あぶらそば」。全てにおいて非の打ち所のない完成度を誇る、驚異の名店〉 店舗はJR川口駅西口から徒歩10分程度の場所にある。 同駅東口と比べて飲食店等が格段に少なく、どちらかと言えば、住宅地の趣が色濃く漂う。初めて同店に足を運ばれる方は、「飲食店がひしめく東口エリアの繁華街ならともかく、こんな閑静な場所にラーメン店があるのか?」という疑問を抱くかもしれない。まずはマップを片手に、しばらく歩みを進めていただきたい。 駅前から延びる大通り沿いに歩を進め、左折。さらに通りを数分直進すれば、やがて視界の左手に小料理屋のようなシックな佇(たたず)まいの店舗があらわれる。それが、今回ご紹介する『らーめんかねかつ』だ。
店の在りかを示す看板でさえ、注意深く観察しなければ見過ごしてしまうほど控えめ。店前に掲げられたメニューリストの文字も、書家のごとく達筆である。まさに、知る人ぞ知る「隠れ家」的な趣に、胸を躍らせない食べ手はいないだろう。
同店のオープンは2013年7月3日。店主・大友勝氏は、大田区の名門製麺所『丸山製麺』で麺づくりのノウハウを会得した上で、都内の実力店で研さんを重ねたすご腕。
現在、同店が提供するレギュラーメニューは、「らーめん」「つけめん」「あぶらそば」の3種類。その他、「季節のらーめん」等と銘打った期間限定メニューもある。まず召し上がっていただきたいのが、大友店主のラーメンに対する「考え方」が垣間見える3種類のレギュラーメニュー。
いずれの品も麺は、注文を受けた後に手動式の小型製麺機で切り出す自家製麺で、ひと玉ずつ丁寧に手もみを加えるこだわりようだ。打ち立ての麺は、絶妙な縮れに伴うメリハリ豊かな啜(すす)り心地が唇に甘美な刺激をもたらし、かみ切った時に立ち上る小麦の香りが、鼻腔(びこう)を歓喜させる会心作。仮にスープ等の助力を得ず、麺だけで食べても無際限に箸を持つ手が進むに違いない。今、日本に現存するラーメン店の中でも屈指の完成度の高さを誇る。
この麺に合わせるスープは、コク深く野趣味に溢(あふ)れる「ホロホロ鳥」のガラ・手羽、鴨(カモ)ガラ等をじっくりと炊き込み、和風味豊かな鰹(カツオ)節・サバ節等の節系素材と合わせたダシ、それに店主の地元、福島県産の醸造所から取り寄せたしょう油を用いたカエシを合わせたもの。「つけめん」に用いるスープは、「らーめん」よりも濃度を上げ、「あぶらそば」用スープは、更に濃度を上げ、カエシの存在感を前面へと押し出す。3種類のメニューすべてに遍く活用できる、絶品中の絶品だ。
鳥の滋養味に満ち溢れながらも、食べ進めるにつれて徐々に鰹節などの和味が顔をのぞかせる「らーめん」、麺を通じてスープと油のうま味がダイレクトに味蕾(みらい)を刺激する「つけめん」、自家製麺の上質なうま味がカエシによって更に引き立つ「あぶらそば」。
「オープン時から幾度も手を加え、スープに用いる素材も一新。今では、全く別物になっています」と語る大友店主。いずれの品も、それぞれのジャンルのトップクラスに位置付けられるべき名品ぞろい。一度、口を付けたら最後、丼が空っぽになるまで箸とレンゲを持つ手を動かし続けるしか術がないだろう。
つけ麺和(かず)
〈丼1杯に尋常ならざる情熱を注ぐ、ラーメン職人の鑑。都内東部のつけ麺名店の代表格〉
2018年1月、東武スカイツリーライン竹ノ塚駅から徒歩約3分という立地に、彗星(すいせい)の如く降臨した『つけ麺和』。
年の初めにオープンし、そのまま同年(2018年)を代表する新店の座を維持し続けた同店の実力は紛れもなく本物。オープンから2年余りが経過した今日においても衰えることがない。
それどころか、開業から2年の間に、看板メニューの「つけ麺」のブラッシュアップはもちろん、それ以外のメニューを立て続けに開発・商品化。いずれの品も固定ファンの人気を集め、歳月を経るにつれて着実に存在感を増している。
同店を切り盛りするのは、金井和繁店主。
東京を代表する実力店『つけ麺道@亀有』で修業し、満を持して独立。亀有と言えば、数多の優良店がしのぎを削るラーメン激戦区。そんな同地において頂点に君臨する名店『道』。その実力店でセカンドブランドの店長まで務め上げた店主の力量は、生半可なものではない。
冒頭で紹介したとおり、同店が現在提供する麺メニューは複数に及ぶが、初めに召し上がっていただきたいのは、基本メニューである「つけ麺」。
鶏が本来持ち合わせる滋味が等身大で満喫できる「あべどり」に豚骨を合わせ、強火で煮込んだ動物系ダシと、サバ節・煮干し・アゴ・鰹節等からとった魚介ダシ。2種類のダシを絶妙なバランスでブレンドさせたスープは、その一滴一滴に宿る山海の滋味が食べ手を圧倒する。
合わせるしょう油ダレも、濃口しょう油を駆使しコク深さを演出。様々な風味を折り重ねることで創り出された重層的なうま味は、ひと啜りでほほが落ちそうになるほど。
このスープとコラボを組む麺も、スープに勝るとも劣らぬ傑作だ。ワシワシとかじっていただく極太麺の存在感は絶大。過不足なくスープを持ち上げ、雄々しく口元へと運び込む。
「つけ麺」のバリエーションとして、リピーターからの人気が特に高い「カレーつけ麺」も、単なる「つけ麺・プラス・カレー」とは一線も二線も画した、渾身(こんしん)の逸品。
機会があれば是非、「つけ麺」と「カレーつけ麺」を食べ比べ、つけ麺というジャンルの奥深さにどっぷりと心酔してもらいたい。
(ラーメン官僚 田中一明)
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。