読めば家でも旅気分 旅情が味わえる紀行文学

1位オーパ!(開高健)、2位深夜特急(沢木耕太郎)、3位忘れられた日本人(宮本常一)
1位オーパ!(開高健)、2位深夜特急(沢木耕太郎)、3位忘れられた日本人(宮本常一)

不要不急の外出は避けなくてはならない昨今。

本を開けばいつでもどこへでも旅ができる。

旅情が味わえる紀行文学を、専門家に選んでもらった。

■1位 オーパ!(開高健) 620ポイント
怪魚と格闘 書斎を原野に

何かの事情があって野外に出られない人、海外へ行けない人(中略)すべて書斎にいるときの私に似た人たちのために――。

冒頭に記された予言めいた言葉は、新型コロナウイルスの広まりで萎縮した心に一層強く響く。

2020年に生誕90年を迎えた作家の開高健が、南米の大河アマゾン川流域などで釣りをして巡った60日間、1万6000キロにわたる旅をつづる快作。「オーパ!」とはブラジルで驚いたり感嘆したりするときに出る言葉という。

ピラニアや世界最大級の淡水魚ピラルクーなど怪魚を相手に格闘する姿は「なんといっても面白い」(下重暁子さん)。「釣り師ではなく山師だった著者の絢爛(けんらん)豪華な文体は書斎を原野に変える」(舛谷鋭さん)

開高健記念館

もともとは写真約300点を収めた豪華本として出版された。「スケールの大きな自然を相手に開高健の文章が果敢に挑む。高橋昇が撮影した写真も見事」(北吉洋一さん)。一瞬でピラニアに食い尽くされた魚など、文庫版にも写真が多数掲載されている。

書斎が見学できる私邸を改造した神奈川県「茅ケ崎市開高健記念館」は現在、改装工事中で、10月にリニューアルオープンする予定。

(1)集英社文庫(2)税込み価格 1056円(3)発表年 1978年

■2位 深夜特急(沢木耕太郎) 580ポイント
バックパッカー永遠のバイブル

「バックパッカー永遠のバイブル」として、個人旅行ブームの火付け役となった。1993年には「JTB紀行文学大賞」を受賞。20代の「私」が、インドのデリーから英国ロンドンまでの2万キロをバスで目指す。文庫版は「香港・マカオ」から「南ヨーロッパ・ロンドン」までの全6冊だ。

「発表から30年を経た今も若者の旅のバイブル的存在。個人的にも旅のスタイルに多大な影響を受けた」(川田正和さん)。「自分もバックパッカーとなって旅をしている気にさせてくれる。特に2~3巻の混沌としたアジアの雰囲気がいい」(大隅一志さん)

(1)新潮文庫(2)4巻は506円、ほかは539円(3)1986年

■3位 忘れられた日本人(宮本常一) 520ポイント
古きよき時代へ心を誘う

観光学の先駆者でもある民俗学者の宮本常一が、1939年から地方の村の習俗や古老の昔語りを求めて日本全国を歩いたフィールドワークの結晶。民俗学の古典でありながら、皆が納得するまで夜通し話し合う寄り合いの習慣や夜ばいなど、少し昔の失われた日本へ心を誘う旅の記録になっている。

「著者と古きよき日本を訪ね歩いている気になる。名もない地方の村々のお年寄りや婦人との飾りのないやりとりがいい」(大隅さん)。中でも「土佐源氏」は有名で「橋の下で暮らす物乞いの話をじっくり聞く低い目線に心打たれる」(荒木左地男さん)

(1)岩波文庫(2)880円(3)1960年


■4位 時刻表2万キロ(宮脇俊三) 510ポイント
鉄道愛 旅情かき立てる

中央公論社の経営幹部でありながら、40年以上も時刻表を愛読し続けた筋金入りの鉄道マニアだった著者の、鉄道愛あふれる旅の記録。「今はなき夜行列車や廃線になった路線が紹介されており、旅情がかき立てられる」(黒田尚嗣さん)

時刻表を読み込み、先を行く急行列車を鈍行列車で追い抜くなど、この世にはまだ知らない楽しみがあるのだと教えてくれる。「当時の時刻表さえあれば追体験できる。これをノスタルジアと呼びたい」(荒山正彦さん)。鉄道マニアのバイブル的な存在だが「興味がない人でも楽しく読める」(坂本幹也さん)。

(1)河出文庫=写真=など(2)880円(同文庫)(3)1978年


■5位 ハワイイ紀行(完全版)(池澤夏樹) 380ポイント
知られざる姿、綿密な取材で

「ハワイイ」とは現地におけるハワイの本来の発音という。日本人になじみの観光地ではなく、キラウエア火山の火口やマウイ島のタロイモ畑など「知られざるハワイ」の姿を綿密な取材で紹介する。

文庫本で全558ページの厚さ。欄外には著者が乗った飛行機の機種からハエを食べるガの幼虫の図まで、本文に書き切れない情報が注としてあふれるように記載されている。「ささいなことから大きな歴史の流れまで目配りが利いている。理想的なハワイ案内」(荒山さん)。「ポリネシア系ハワイの伝統文化、風習、自然を克明に取り上げた。特にフラダンスは引き込まれる」(楓千里さん)

(1)新潮文庫(2)1089円(3)1996年


■5位 新版 犬が星見た ロシア旅行(武田百合子) 380ポイント
日記風の文体で生き生きと

夫で作家の武田泰淳、その友人で中国文学者の竹内好らと旧ソ連時代のロシアを旅した日々を、日記風の飾らぬ文体で生き生きとつづる。あとがきによると、夫に「やい、ポチ」と呼ばれた思い出から、旅する自分を「星を見る犬」に例えてこのタイトルをつけたらしい。

「夫に命じられてつけた日記が、その観察力、表現力で見事な紀行文学に昇華した」(北吉さん)、「今から50年前の旅行記だが、トビリシでも、ヤルタでも現在の観光地とそう変わらない。ちゃめっ気たっぷりの着眼点、何気ない夫婦間のやりとり、旅先で出会う人とのふれあいが魅力的」(伊藤雅崇さん)

(1)中公文庫(2)990円(3)1979年


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