非常時の景気 エコノミストはどうやって予測するの?
新型コロナウイルスの感染拡大で経済の先行きが不透明さを増しています。景気の現状判断や予測を担うエコノミストは、非常時にどう対応しているのでしょうか。
通常の景気指標に加え、桜の開花日、テレビ番組の視聴率といった身近なデータを使って経済動向を分析する三井住友DSアセットマネジメントの宅森昭吉理事・チーフエコノミストは、「足元のデータを基に景気の先行きを短期予測する手法は非常時でも同じ」と言います。
政府が毎月発表する鉱工業生産指数、有効求人倍率や失業率などのデータを事前に予測しますが、判断材料として重視しているのは内閣府の景気ウオッチャー調査です。2~3カ月先の景気の見方を示す先行き判断DIが2月は24.6となり、リーマン・ショック後の2009年1月以来の低い水準でした。「この時期からコロナウイルスの脅威が迫り、経営者らの間に先が見えない不安が広がった」と解説します。
難しいのは長期予測です。過去のデータをみると、震災の発生時に景気が後退する期間は約3カ月間で、復興需要が生まれる4カ月目くらいから回復する傾向があり、11年の東日本大震災のときも同様でした。しかし、今回は過去の災害時のパターンは当てはまらず、予測は難しいと宅森氏はみています。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の嶋中雄二景気循環研究所長が足元の景気判断で注目する材料は、世界各国の購買担当者景気指数(PMI)です。生産や国内総生産(GDP)の動きに先行するPMIを観測しながら、景気の現状を示す一致指数(CI)を予測します。
一方、長期予測では、過去の景気循環の周期を参考にします。景気循環には一定の周期があると唱える学説は現在でも通用すると言うのです。例えば、50年周期のコンドラチェフの波は、50年の間に社会のインフラが陳腐になり、新しいインフラ投資が活発になるために生じるという説です。「日本の場合、50年周期の波は2000年で底を打ち、20年代後半まで上昇局面にある。コロナ危機の影響は大きいが、インフラ投資の必要性は変わらない」と強調します。
長く経済予測に携わってきた学習院大学の櫨浩一特別客員教授は「国際紛争や自然災害などを事前に織り込めない以上、経済予測はいつの時代も外れる運命にある」と達観しています。ただ、「不測の事態が経済にどんな影響を与えるのか、様々なシナリオを示すことはできる。各シナリオの可能性も付記して有事対応の判断材料を提供するのがエコノミストの役割ではないか」と話しています。
櫨浩一・学習院大学特別客員教授「景気対策、長期戦の可能性」
コロナ危機が世界経済に打撃を与えています。学習院大学の櫨浩一特別客員教授に、危機が発生したときの景気予測の手法、政府への注文などを聞きました。
――突然の危機に、エコノミストとしてどう対応しますか。
「通常の景気予測には予測の平均値があり、その上下に様々な予測が分布します。強気予測にしても、弱気予測にしても平均値からのかい離とみなせます。しかし、危機時には平均値は意味をなさなくなる可能性が高くなります。今回のように世界中での感染拡大が経済に影響を与えるケースでは、どんなことが、どの程度の確率で起こるのか予想が困難で、先行きの不確実性が高まっています」
「それでも、エコノミストは、様々なシナリオを想定できます。各シナリオの主観的な可能性を示し、新しい情報が追加されればそのたびに予測を徐々に修正します。突然、予測が大きく振れる事態は避けるべきでしょう」
――経済指標をみるときに注意するポイントは。
「国内総生産(GDP)が正しく経済の状況を示すのは、正常な経済活動が前提です。これから出てくるGDPの値を、どう評価すればよいのか判断も難しくなるでしょう。旅行や外食、テーマパークの落ち込みを、需要の不足と考えるのは適切ではありません。所得が増えても、海外旅行やテーマパークに行く人は増えないでしょう」
「景気悪化で企業や労働者がどの程度の影響を受けるかは、業種や地域によって大きく異なります。日本のGDPを見て、個別の企業や個人への影響を判断すると影響の大きさの評価を誤りかねません」
――政府は大型の景気対策を打ち出しています。
「通常の景気対策とは考え方を変えなければなりません。通常は、需要不足を埋めて景気の落ち込みを止め、反転上昇させるのが目的です。今回は感染の終息がいつになるのか分からないので、一度落ち込みを止めても、また悪化してしまう可能性があります。どれだけの期間、景気の下支えが必要になるのか不明で、長期戦になる可能性への備えが必要です」
――GDPという指標を離れて、国内の経済や社会の維持を目指すべだとの見方もあります。
「感染による死者・重症者の抑制、国民生活の維持に必要な生活物資の供給、終息後に経済活動が復活できるような経済システムの維持が大切です。日本は食料やエネルギーを海外に依存しているので、輸入は確保できるのか。感染が拡大したときに、対応できるだけの医療資源は確保できているのか。国内の流通は支えられるのか、などチェックすべき事項はたくさんあります」
――企業や個人に期待する対応は。
「発生したら困る事態への対応策を用意してほしいと思います。その前提として、発生したら困る事態を列挙しておく必要があります。また、個々の企業や個人の危機回避に向けての行動は合理的でも、全体としては危機を作り出す可能性があります。マスクや人工呼吸器が足りないような緊急時には、政府が積極的に介入すべき場合もあります。結果として介入が無駄になって空振りに終わったとしても、幸運だったと考えるべきでしょう」
(編集委員 前田裕之)
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