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今、求められるのは柔軟性

浜崎慎治 1976年鳥取県生まれ。TYOを経て、13年に独立。KDDI/au「三太郎」シリーズや家庭教師のトライ「ハイジ」、花王「アタックZERO」などを演出。著書に『共感スイッチ』(中央公論新社)がある(写真:中村嘉昭)

『告白』の中島哲也、『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八、『ジャッジ!』の永井聡ら、CM出身の映画監督は多い。彼らが映画進出する際、大なり小なり感じてきたのが、業界の壁だ。CMと映画では仕事の進め方や常識、ルールなども異なる。そのためCMディレクターが1人で映画の現場に乗り込むと、スタッフが言うことを聞いてくれなかったり、孤立したりすることもあると聞く。

「映画の現場は完全にアウェイなので、『初めてだから、アイツ分かってないな』と思われると、いろいろ難しいだろうなとは思ってました。でも今回、カメラマン、照明、美術もCMの方にお願いできましたし、大きくはいつもの感じでやれました。助監督は映画の人だったけど、すごく仕事のしやすい人たちを付けてもらったので、やりやすかった。

悩んだのは、尺の感覚です。CMは15秒や30秒なのでスピード感で見せていくわけですけど、それを90分も見せられると、さすがに疲れる。『CMの人間は分かってないなあ』と言われないように、ちょうどいい具合を探りました。

あと、CMと違ったのは、撮影期間。CMは1~2日で終わるので、画作りから何からギチギチに考えて、100%の力でフルスイングしちゃうんですよ。でも、映画は、押さえるところを押さえておけばいい。それが分かってからは撮影が楽になりました。

映画とCMでは、役者の取り組み方が違うことも発見でした。今回、撮影が夜中までかかることもあったんですが、誰も文句なんて言わないんです。CMだとややビジネスライクな面があるから、各方面から『もうそろそろ、終わってもらってもいいですか?』ってなるんですけど(笑)。やっぱり、役者の第一の職場は映画やドラマ。『こっちでは、こうやって演じられているんだな』と分かったし、そこが一番面白かったです」

浜崎は1999年、大学4年の時にサントリー「BOSS7」のCM(クリントン米大統領篇)に衝撃を受けてCM業界入り。2002年に制作会社大手「TYO」に入り、先輩の吉田大八監督の現場でADを経験した。また演出を学ぶため、『ACC年鑑』に載っているCMから、面白いと思った作品を絵コンテ化。カット割りや音楽の入れ方などを研究したという。

そして、賞を取ってチャンスをつかもうと、04年に実家の醤油屋のCMを自主制作。翌年、狙い通りACCでブロンズを受賞し、それを見た電通のCMプランナー・篠原誠氏(現・篠原誠事務所)によって、パイロットや家庭教師のトライなどに起用された。その後、15年に2人で放ったのが、「三太郎」だ。以降、KDDI/auは、5年連続CM好感度1位に君臨する。

「こういうことってあるんだな、って思いましたね。もともとは『企業広告としてやってみませんか?』というお話で始まった仕事でした。それがシリーズ化して、6年目に。飽きさせないようにしなきゃいけないから、なかなか大変です。

三太郎が受け入れられたのは、みんな知ってる昔話のキャラクターなので、とっつきやすかったのかなと。そして、昔話なのに特に何も起こらず、ただダベって終わるという(笑)。その会話を今風に面白くしたっていうのが、新鮮だったのかなと思います。あとは、役者の人たちの貢献度が大きいですね。『こうしたほうがいいんじゃないですか?』という提案が結構現場であるんですよ。CM撮影はコンテを撮るだけになりがちなんですけど、みんなが最後までアイデアを出し合って、『多少、こう変えてもいいか』とか話し合いながら作れている。僕は、そこが普通のCMじゃない気がしますね」

そのような撮り方ができるのは、浜崎と役者、そしてクライアントとのコミュニケーションが取れていて、信頼関係があるからだろう。

「昔のCMディレクターって、頑固な方が多くて、ちょっとでも何か言おうものなら『なにぃ?』って激怒される人が多かった気がします(笑)。でも、今はそれだとついていけない感じが、プランナーにもクライアントにもある。時代も変わっているから、ディレクターは、柔軟に面白いものを作れたほうがいい。

僕が意識しているのは、どんな意見でも一度は耳を傾けることです。『ああ、そう思うんですね』と受け止めたうえで、『でも、こっちのほうがいいんじゃないですかね』と提案していく。俳優の方への演出も同じです。役者には、考えてきた演技プランがある。それをまず拝見して、『もっと、こんなやり方もありますかね?』と修正をかけて、いろんな引き出しをのぞいていく感じです」

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「大きなパイ」をつかみたい
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