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地球上の誰もが読むべき――。本の帯にこう書いてあったら、どのように思われるだろうか。「大げさ」「言い過ぎ」というのが一般的な感想だと思われる。ましてや本のテーマが、難しそうで万人受けしなさそうな「コンピューターサイエンス」だったらどうだろう。

著名計算機科学者にして米プリンストン大学教授でもあるブライアン・カーニハン氏の新刊『教養としてのコンピューターサイエンス講義』(酒匂寛訳、日経BP)の帯には、グーグル元CEOエリック・シミュット氏の言葉として、上記の「地球上の誰もが読むべき」が書いてある。その意図は、デジタル社会を知るにはコンピューターサイエンス(以下、計算機科学)のしくみと活用に関する知識が誰にとっても不可欠であるというものだ。果たしてそれは本当だろうか。その根拠を本書の内容から説いていこう。

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身の回りにあふれるコンピューター

著名計算機科学者にして米プリンストン大学教授でもあるブライアン・カーニハン氏(c)Peter Adams Photography.

著名計算機科学者にして米プリンストン大学教授でもあるブライアン・カーニハン氏(c)Peter Adams Photography.

著者のカーニハン氏は米プリンストン大学の教授を務めており、主に文系の生徒を対象にした計算機科学の講義を毎年受け持っている。20年以上も続く人気講義で生徒に教えているのは計算機科学、言い換えれば、コンピューターが身の回りにあふれるデジタル社会をより良く生きるための知識なのだという。

  学生はみな、オンラインで検索し、買い物をし、電子メール、ショートメッセージ、ソーシャルネットワークを使って、友人や家族と連絡を取り合っています。
  しかし、これはコンピューティングの氷山の一部に過ぎず、その多くは水面下に隠れています。私たちは、ありふれていて日々当然のように使っている家電製品――カメラ、DVD プレイヤー、タブレット端末、GPSナビゲーター、ゲーム機など――や、車や飛行機、その他の電子機器の中に潜んでいるコンピューターについては、普段は目にすることもなく、考えることもしません。そしてまた、電話網、ケーブルテレビ、航空交通管制、電力網、銀行や金融サービスなどの社会インフラが、どれほどコンピューティングに依存しているのかを考えることもあまりしません。
  ほとんどの人はこのようなシステムの作成には直接関わってはいませんが、誰もがその影響を強く受けますし、そうしたシステムに関して重要な決断を下さなければならない人もいます。このようなとき、みながコンピューターをよりよく理解している方が良いのではないでしょうか? 教育を受けた人なら、少なくともコンピューティングの基本を知っていなければなりません。
(「まえがき」 5ページ)

脅かされる個人情報、高まるシステムリスク

私たちの日常生活は、身の回りにあふれる機器、そしてシステムに大きく依存している。必需品となったスマートフォン、クラウドコンピューティングを活用したアプリとシステム、モノのインターネット(IoT)と総称されるネット経由での情報交換・活用――。これらへの依存が高まるにつれて、次の2点が大きな問題になっているとカーニハン氏は主張する。

1点目は、脅かされる個人情報だ。身の回りで当たり前になった機器、システムにより、私たちが意識しないうちに、政府あるいは大手プラットフォーマーによって個人情報の盗難の危機にさらされているという。

  すみずみまで広がるコンピューティングの性質は、私たちに予想外の影響を与えます。私たちは日々、監視システムの発展によるプライバシーの侵害や個人情報の盗難の危機が増大していることを思い起こさせられていますが、一方でそれがコンピューティングとコミュニケーションによって、どの程度可能になっているのかをおそらく意識してはいません。
  2013年6月、米国家安全保障局(NSA)の契約業者だったエドワード・スノーデンは、NSAが定常的に通話記録、電子メール、インターネットなどの電子通信を監視して収集していたことを、証拠となる文書とともにジャーナリストに提供しました。対象は全世界の人でしたが、特に米国内に居住する米国市民が中心でした(こうした市民は、国家に対して、いかなる意味でも全く脅威ではない人たちでした)。スノーデンの文書はまた、他の国々もその市民を監視していることを暴露しました。
  企業もまた、私たちがオンラインや実世界で何をしているかを追跡し監視しています。このため誰にとっても匿名でいることは困難になっています。大量のデータがアクセス可能になったことで、音声理解、画像認識、言語翻訳が大幅に進歩しましたが、それは私たちのプライバシーを犠牲にして手に入れたものです。
(同、6ページ)

2点目は、高まるシステムリスクである。デジタル社会になって便利になればなるほど、その脆弱性に対する危険も高まる。

  個人や企業が、Amazon、Google、Microsoftなどの企業が所有するサーバーに、データを保存しコンピューティングを行うクラウドコンピューティングの急速な普及は、また別の複雑さを追加しています。データはもはやその所有者によって直接保持されるのではなく、異なる課題、責任、そして脆弱性を有する第三者によって保持され、法執行機関からの要請に直面する可能性があります。
  あらゆる種類のデバイスがインターネットに接続する「モノのインターネット」(IoT)が急速に拡大しています。携帯電話はもちろんのことですが、車、防犯カメラ、家電製品や屋内制御、医療機器、そして航空管制網や電力網などの多数のインフラストラクチャ(基盤)も関係しています。接続することによる利点が魅力的であるため、身の周りのモノすべてをインターネットに接続しようとするこの傾向は、この先も続きます。残念ながら、そのようなデバイスのセキュリティはより成熟したシステムのセキュリティよりはるかに弱いものなので、そこには多くのリスクがあります。
(同、7ページ)

こうした個人情報の漏えいやシステムリスクによる被害は、「街を歩く普通の人びとがみな心配しなければならない問題であり課題なのです」というのがカーニハン氏の主張である。デジタル社会が実現しつつあるからこそ、その社会で日常生活を過ごす誰にとっても、計算機科学の知識は必要なのである。

企業経営の重要課題DXの成否を左右する

さらに経営革新の観点からも、計算機科学の知識の重要性を説くのが、東京大学名誉教授にして東洋大学情報連携学部長の坂村健氏だ。坂村氏は、企業経営の重要課題となっているDX(デジタルトランスフォーメーション)の成否を左右する要素として、計算機科学の知識を挙げている。

  企業や行政などの組織をDXするとき、従来のように大手のシステム会社に丸投げでシステム開発させるようなやり方は、全くといっていいほど失敗する。DXでは「従来のやり方」を下敷きにできないからだ。最終的にコーディング(プログラミング)は外部委託するにしても、デジタル技術の可能性を前提に業務のやり方をゼロから考え直すことは、その業務のことをよく知っている人がやるしかない。特に日本では、現場が主体的にやらない改革はうまくいかないだろう。「上からの改革」に抵抗の強い日本では、みなに理解を得られないDXはたいてい頓挫する。逆に言えば、情報通信技術についての理解――簡単な歴史から原理、その可能性と限界まで――を、社会のすべての構成員が持ち一般教養になっている国は社会のDXにとって有利になる。
(「解説」 484ページ)

日常生活においても、企業変革においても、コンピューター機器やシステムへの依存が高まる一方のデジタル社会が前提になっている。であれば、デジタル社会を成立させているしくみといえる計算機科学をこれからの教養として身に付けておいて損はしないはずだ。

(日経BP 田島篤)

教養としてのコンピューターサイエンス講義 今こそ知っておくべき「デジタル世界」の基礎知識

著者 : ブライアン・カーニハン (著), 坂村 健 (その他), 酒匂 寛 (翻訳)
出版 : 日経BP
価格 : ¥2,860 (税込み)

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