
無償で公開されているオープンソースプロジェクト「ネクストストレイン」(Nextstrain.org)は、アウトブレイク(集団感染)を起こした病原体の博物館のようなものだ。世界各地の研究機関が、患者から採取したウイルスの遺伝子配列データをここに投稿する。ネクストストレインはそのデータを使って、感染の広がり方を示した世界地図や、ウイルスの系統樹を描き出している。
ネクストストレインが取りこんだ新型コロナウイルスのゲノム(全遺伝情報)は、2020年3月末の時点で2000を超えた。データからは、感染の拡大とともにウイルスが平均15日ごとに変異していることが明らかになっている。
「変異」などと聞くと恐ろしげな想像をしてしまうかもしれないが、ウイルスの有害さが増しているという意味ではない。単に変化しているというだけで、むしろウイルスがどこから来たのかを迅速に知ることができることにくわえて、起源に関する妄言も否定できる。
「これらの変異は完全に無害で、ウイルスの拡散の仕方を解明するパズルのピースとして役に立ちます」。ネクストストレインの共同設立者で、米ワシントン州シアトルにあるフレッド・ハッチンソンがん研究センターの計算生物学者トレバー・ベッドフォード氏はそう話す。
新型コロナウイルスを追跡するこの手法は、深刻な世界的な流行(パンデミック)の報道があふれる中で、ひときわ明るく輝いている。同様の手法は、過去にジカ熱やエボラ熱などの感染症が流行した際にも、重要な役割を担っていた。
しかも、遺伝子解析のコストの低下とスピードや効率の向上により、世界各地の研究者がごく少人数で、新型コロナウイルスの感染経路をこれまで以上に速やかに解明できるようになった。その結果は、特に検査が追いつかない場所で、感染を封じ込める戦略から感染ペースを緩和する戦略に移行するべきか否かを判断するのに役立つはずだ。
「5年前にエボラ熱が流行したときには、サンプルを採取してから、ゲノムの塩基配列を決定しデータを公開するまでに1年かかりました」とベッドフォード氏は言う。「今では2日から1週間でできるようになりました。これらの技術をリアルタイムに利用してアウトブレイク対策に生かせるようになったのは、今回が初めてです」