副市長公募は広がるか 若手退職で派遣できない霞が関
富山県氷見市が副市長を公募したところ、810人の応募がありました。首長の右腕の確保に悩む自治体は少なくありません。人材供給源だった中央省庁は若手の退職で人を出せなくなっています。広く人材を求める公募が広がるかもしれません。
1日に就任した氷見市の新副市長は元TBSプロデューサーで映画監督という経歴。情報発信力が評価されたといいます。
前任の副市長は総務省出身の30代の官僚でした。国家公務員を自治体に派遣する内閣府の地方創生人材支援制度を使い、2年間派遣されていました。氷見市は後任も国に派遣を求めましたが、断られたといいます。
霞が関は若手の退職に苦しんでいます。総務省は若手を都道府県の財政課などに2年ほど派遣して自治体の実務を経験させていました。しかし、今は本省の人手が足りず「1年もたたずに戻さなければならない例もある」(幹部)のが現状です。
地方創生人材支援制度をみても、霞が関が自治体に出す人数は当初、年40人規模でしたが、19、20年度は20人余り。愛知県津島市は総務省に副市長の派遣を求めましたが実現せず、宮城県石巻市も派遣してもらえていません。国からの副市長は全国でここ数年、80人近くで推移していますが、中小市には回ってこなくなりつつあります。
逆に自治体から国への出向は増えています。19年は過去最高の2933人です。国→自治体は1800人前後なので霞が関は毎年1千人ほどの入超です。内閣人事局によると、各省は「若手に経験を積ませたいという自治体の要望に応えている」としていますが、若手不足も理由ではないでしょうか。
氷見市は副市長の公募に踏み切りました。国に頼らないのは地方自治として望ましい姿ともいえます。富士通総研の若生幸也・公共政策研究センター長は「外の風を入れることは大切だ。どんな人材を求めているのか具体的に示せば、よい人材が集まる」と話します。
公募は人材会社エン・ジャパンが協力。同社は大阪府四條畷市の副市長公募で約1700人を集めた実績があり、氷見市でも応募者は200~300人という見込みを上回りました。
応募者は40~50代を中心に男性が9割。地域は44都道府県にわたり、東京都、神奈川県、地元の富山県が目立ちました。経歴は首長や議員の経験者、国や自治体の職員、商社マン、百貨店バイヤーなど多彩です。
求める能力は(1)倫理観(2)管理能力(3)対人能力とバランス感覚(4)情報発信力――でしたが、結果的にPR力で選びました。公募が広がるか、氷見市の取り組みは試金石になりそうです。
若生幸也・富士通総研公共政策研究センター長「霞が関、国会との関係考える必要」
霞が関や自治体の人材不足をどう考えたらよいか。行政経営に詳しい富士通総研の若生幸也公共政策研究センター長に聞きました。
――霞が関の若手官僚の早期退職が話題になっています。
「昔から留学から帰って辞めるパターンは一定数ある。留学費用は返す必要があるが、その費用は転職先の企業が出してくれる。こうしたトップ層の転職は継続して進んでいる」
「それに加えて今、起きているのは『このままだと専門性も身につかない。ベンチャーは前向きな仕事だし、忙しさも霞が関ほどではない』と、ベンチャーに行く人たちだ。官僚とベンチャーの給与水準は変わらない。給料をそんなに出さなくても働く耐性はあるので、ベンチャーは喉から手が出るほど欲しい。外資系コンサルタントの採用も多い。最近はロビー活動をする政策渉外の分野も増えている」
――霞が関の人材枯渇を防ぐには、いったん民間に行った人たちが戻りたいと言ってきたら受け入れる制度があってもよいのでは。
「霞が関には政治との調整など伝統芸能のような部分もあるので、それを持っている人をもう一度取り込めるかどうかは1つの論点だ。中途採用や民間からの出向も増えているが、プロジェクト単位のものも多く、その人たちは中核にはならない」
「各省ごとの採用を見直し、内閣人事局が一括採用するといった形も必要だ。例えば、新型コロナウイルスへの対応で厚生労働省が忙しければ、経済産業省の定員を減らして、厚労省を増やすということができれば全く違ってくる」
「定数管理ももっと厳密にすべきだ。標準的に仕事ができる人を1とすると、1.2できる人もいれば、0.8の人もいる。評価が最高のSAなら、その人は係数1.2として定数管理していく。計量経済をやってきた人が全く関係のない部署に行くなど、経歴や能力を考慮しない人事運用も見直すべきだ」
「一番大きいのは国会との関係だ。霞が関は英国のように専門知を具申する役割にとどめるか、調整まで担うのか、真剣に考える必要がある」
――霞が関から自治体に行く地方創生人材支援制度も人数が減ってきています。
「省庁側が出せなくなっているのではないか。私が関わっている北海道大学公共政策大学院も総務省から30代の人を准教授で入れていたが、総務省から『もう出せない』と言われた。旧自治省系のその年代層がものすごくきつくなっている」
「ただ地方への関心は高まっている。地方創生人材支援制度で地方に行ったキャリア組には、霞が関にいて官邸主導の政策形成の歯車になるより、自治体のトップマネジメントの1人になる方がやりがいを感じる人もいる。自治体にフロンティアを求めるという感覚もあると思う」
――副市長などの公募は広がりますか。
「大阪府四條畷市は副市長の候補で、欲しい人材を明確にしていた。女性でPRにたけた人ということで、リクルート出身の人になった。どんな形でもいいので、外部の風を入れることは大切だ。どんな人材を求めているのか、具体的に示せば、良い人材が集まる」
「ただ、行政には公平性など独自の面がある。民間だとこうだからこうすればよい、ということではない部分もある。当然、非効率もあるが、そこをのみ込みながら半歩でも良くしていく姿勢が求められる。霞が関を経験した人はその感覚があるが、純粋に民間でやってきた人のなかにはそういう意識がない人もいる。政治家である首長の言葉を翻訳して役人に伝え、逆に役人の言葉を首長に翻訳することも重要な役割だ。そこをわきまえている民間の人がどれだけいるかだろう」
(編集委員 斉藤徹弥)
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