まだ、健康長寿をかなえる腸内細菌パターンが特定されるところまでは至っていないが、「少なくとも、ビフィズス菌や酪酸という物質を作り出す菌が腸に多いのはプラス」と、腸内細菌の専門家、京都府立医科大学大学院医学研究科の内藤裕二准教授は話す。
食べた食品が秘める力を引き出すことにも腸内細菌がかかわっている。例えば脂肪であれば、コーン油などに多いリノール酸やアマニ油などに含まれるαリノレン酸を、疾患リスクの低下や炎症の抑制にかかわるような機能性物質に変えるのにも、腸内細菌の働きが関係する。
「食事中の脂肪の吸収を促す胆汁酸を腸内細菌が処理した後にできる物質が、全身の体内時計の制御に関わることもわかってきた。世界中で行われている、食事や生活習慣と健康状態や、病気リスクなどの関連を調べる調査研究から、腸が健康長寿に重要な役割を果たす重要な臓器であるということは確実視されつつある」(内藤准教授)という。
100歳以上の腸には酪酸産生菌が多い
内藤准教授らによる腸と長寿に関する研究を紹介しよう。
調査対象は長寿者が多い地域として知られる京都府北部の「京丹後」と呼ばれる地域。「このエリアには、100歳以上の百寿者が全国平均と比べ約2.7倍おり、一方で大腸がん罹患(りかん)率は半分以下」と内藤准教授は語る。
「腸内細菌を調べて京都市内都市部の人の腸内細菌と比較してみたところ、この地域に住む人の腸内細菌が都市部と大きく異なることがわかってきた。まず大きな分類でいうと、有用菌で有名なビフィズス菌以外に、ファーミキューテスという種類の菌が明らかに多かった。そのなかでも腸だけでなく全身の健康に役立つと近年話題の酪酸という成分を作る菌(酪酸産生菌)が特異的に多かった」と内藤准教授は語る。
酪酸は熟したギンナンの皮や台湾の臭豆腐などから発生する臭いの強い成分。だが、腸内細菌によって腸管内で発生すると腸の上皮細胞の栄養となり、感染から守る働きをしたり、潰瘍性大腸炎などの原因となる過剰な炎症を抑える免疫細胞を増やしたりする働きがある[注1]。
さらに、腸で酪酸が増えたら、血糖値の制御に働くGLP-1というホルモンも増えて血糖値が安定したというヒト試験結果や、老齢マウスで腸由来の酪酸が脳機能の老化を進行させる炎症を抑えたという報告などが相次ぎ、腸内だけでなく全身に働くアンチエイジング物質ではないかと近年、医療の分野でも注目されている[注2]。
このような物質を生産する細菌が京丹後の高齢者の腸には多かったというのだ。
酪酸はその臭いにおい故、食品としてとることは難しいが、「食物繊維をとり、大腸内にビフィズス菌が多い状態だと酪酸産生菌は増えやすい」と内藤准教授。
「この地域は都会とは異なり、スーパーやコンビニが少なく、その土地でとれた野菜や魚を食べている人が多い。食事調査でも、都市部に比べ野菜や海藻などの摂取量が多く、高齢者の38%が毎日全粒穀物(精製されていない穀物)を食べていた。つまり、食物繊維を多くとっていたということ。また、この地域の高齢者は魚をよく食べ、肉を食べる回数が少ない。こうした食習慣が腸内細菌の違いに関係しているのでは」と内藤准教授は考えている。
腸内細菌のエサになる食物繊維を4週間摂取した人たちで酪酸生成菌とビフィズス菌の両方が増え、悪玉菌が減ったといった研究など、食物繊維摂取の重要性に言及した報告は多い[注3]。
前述の血糖値抑制作用をみたヒト試験も、酪酸が脳を守る仕組みを解明したマウスの試験も、食物繊維をとり続けた結果、酪酸が増えている。腸からの健康長寿のためには、まずしっかり食物繊維をとることが大切、といえそうだ。
[注1] Cell Host Microbe. 2016 Apr 13;19(4):443-54.
Nature, 504: 446, 2013 など
[注2] Science. 2018 Mar 9;359(6380):1151-1156.
Front Immunol. 2018 Aug 14;9:1832. など
[注3] Gut. 2017 Nov;66(11):1968-1974. など