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平井堅 落ちサビの弱く柔らかい裏声(川谷絵音)

ヒットの理由がありあまる(20)

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NIKKEI STYLE

日経エンタテインメント!

記念すべき20回目は、ドラマ主題歌にもなった平井堅さんの『#302』です。今作は、アレンジがシンプルでアコースティックギターの伴奏に乗る堅さんの歌がストレートに響いてくる。毎回この連載では歌声の話をしているが、堅さんの歌声は日本のポップス界の中でも特に異彩を放っている。Aメロはすごく低い音程の曲が多く、Bメロから徐々に上がりサビではハイトーンになるが、ずっとテンションが同じで、高くなっても柔らかい声のままなのだ。

スピッツの(草野)マサムネさんにもこの特徴があるのだが、堅さんはマサムネさんとは違い裏声を多用する。イメージとしてはマサムネさんよりもさらに柔らかい感じ。この柔らかさの保ち方が堅さんは異常だと思う。どのキーの声にも包み込む力がある。バラードを歌わせたら右に出る男性歌手はいないのでは? 絶妙な息のコントロールには思わずため息が出てしまう。

サビの「ずるくてもいい/代わりでもいい/君の淋しさの一番近くにいたい」の部分の、力強いのに柔らかい何とも言えない歌声は堅さんにしか出せないし、最後の落ちサビの「ずるくてもいい/代わりでもいい/君の悲しみの一番近くにいたい」の部分はさらに弱い裏声で歌っていて、この声のコントロールのすごさが彼の持ち味だと思う。この落ちサビの弱い裏声が素晴らしすぎて何回も聴いてしまう。

『僕の心をつくってよ』(2017年)という曲も、落ちサビの少し弱い裏声がすごく良いのでオススメ。ちなみにこの曲のサビの歌詞も「ねぇ/君のずるさを晒してよ」と入っていて、人のずるさを肯定する堅さんの優しさとその声が絶妙にマッチしている。

堅さんの素晴らしさはバラードだけにあらず。近年で言えば『Plus One』(16年)のようなR&B色強めの軽快なアップテンポナンバーも素晴らしい。バラードの時より強い声なのだけど、相変わらず柔らかさを保っていて、聴き手に押し付けないのに堅さんだと一聴して分かる独特な声。

そしてドラマタイアップの多さ。堅さんの声が流れると良いドラマ感が増すのって(山下)達郎さんに近い部分があると思う。達郎さん堅さん共に、歌声が劇中に入ってきた時に一気にドラマが動く予感を感じさせるのだ。実際、僕は堅さんの声を聴くと、良いドラマ感を感じるし、曲ももちろん良いからチャンネルを止めてしまう。

『#302』の話に戻るが、アレンジがTomi Yoさんで素晴らしい。最後に入ってくる弦のアレンジが大袈裟じゃなくて、あえて壮大にしないことによって、曲の寂しさが堅さんの声で表現されている。Tomi Yoさんアレンジは好きな曲が多くて、最近で言えば土岐麻子さんの『美しい顔』のアレンジも素晴らしかったし、堅さんは人選のセンスも申し分ない。

曲名が1度も歌詞に出てこない効果

以前、『Mステ』でご一緒した時に、僕の曲を堅さんが褒めてくれたことがある。あれ、めちゃくちゃうれしかったんですよね。って、また話が逸れたが(笑)、曲名の『#302』は曲中に出てくるカラオケボックスの部屋番号だと思うのだけど、この曲名が1回も歌詞に出てこないのも想像をかき立てる。分かりやすいシンプルな歌詞だからこそ、曲名が違うというのが効いてくる。曲名がサビそのままだったりすると引っかかりが1つ減る。シンプルな歌詞で、かつ曲名がそのまま歌詞に出てきてしまったら呆気なさすぎるから。

そして『#302』に出てくる、"君"がもし実在する人物なのであれば、この"君"は曲を聴こうとしなくても、この曲名を見ただけでカラオケボックスでのことを思い出して泣き出すかもしれない。曲名を見ただけで曲が聴けなくなるかもしれない。僕らは聴かないと曲名の意味が分からない。でも曲の当事者には、曲名だけで分かるかもしれないのだ。もしそうなら、堅さんが一番"ずるい"ことになってしまうけど。声もずるいですし。曲名1つでおしゃれな想像がいくらでもできてしまう。お見事!

川谷絵音
 1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして多彩に活動中。ゲスの極み乙女。は、今春に5thアルバム『ストリーミング、CD、レコード』をリリースする。

[日経エンタテインメント! 2020年3月号の記事を再構成]

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