日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/4/11

何よりも決定的だったのは、顕微鏡の分析結果だった。やけに光沢のあるインクが亀裂の間に液だまりを作ったり、破れた断面から流れ落ちたりしているのは、既に古くなった後の断片に文字が書かれた証拠だ。破れる前の皮革に書かれたのであれば、こうはならない。また、長い歳月をかけて皮革の表面に固着した鉱物の上に文字が書かれている断片もあった。

繊細な断片を慎重に扱いながら、1枚1枚高倍率顕微鏡で分析する(PHOTOGRAPH BY REBECCA HALE, NGM STAFF)

そして、新しいものを古く見せるためなのか、本物の死海文書が発見されたクムラン洞窟の土と同じ粘土を細かく砕いたものが振りかけられていたようにもみえる。

米ニューヨーク州立大学バッファロー校の保存修復科学者アーロン・シュガー氏がさらに分析を行ったところ、他にも怪しい点が出てきた。X線を当ててみると、皮革の奥深くまでカルシウムが染み込んでいたことがわかった。獣毛を取り除くために石灰で処理していた可能性が高い。本物の死海文書も、少なくともその一部が石灰で処理されていたとする最近の研究があるが、この技法が発達したのは死海文書が書かれたよりも後であると考える学者も多い。

偽造品はどこから

本物の死海文書が最初に発見されたのは、1947年のこと。パレスチナのクムラン洞窟で、遊牧民ベドウィンの羊飼いが見つけたつぼの中に、数千本の古い巻物が納められていた。後に、1800年以上前に書かれたものであることが明らかとなる。なかには、現存する最古のヘブライ語聖書の写本も含まれていた。

1950年代、ベツレヘムで古物商を営んでいた「カンドー」ことハリル・イスカンダル・シャヒーンは、地元のベドウィンから多数の断片を買い取り、世界中の収集家に転売していた。1970年代に入って、ユネスコの文化財不法輸出入等禁止条約とイスラエルの古物取引に関する新たな法律によって、不法に発掘された巻物の販売が制限された。現在収集家の間で取引されているものは、法律が発効する前の1950~60年代に市場に出回った小さな断片ばかりである。

聖書博物館のヘブライ語古文書副学芸員ヘーシェル・へプラー氏と、アート・フロード・インサイト社の主任調査員コレット・ロール氏。(PHOTOGRAPH BY REBECCA HALE, NGM STAFF)

ところが2002年ごろ、はるか昔に失われた死海文書の断片らしきものが少しずつ市場に現れ始めた。そのほとんどは硬貨ほどの大きさで、茶色くしなびた破片ばかりだった。カンドーの家族が、ずっと昔にスイスの金庫にしまい込んだものを売りに出しているのではないかと噂された。

2000年代が終わるころには、少なくとも70点のこうした断片が市場に出回っていた。収集家や博物館は、現存する最古の聖書写本を手に入れられるチャンスとばかり、これに飛びついた。米国の大手手芸チェーン店「ホビーロビー」と、その経営者で聖書博物館の創立者スティーブ・グリーン氏は、2009年から巨額を投じて聖書の写本や聖書にまつわる遺物の収集を始め、これらをもとに聖書博物館を設立した。2009年から2014年にかけて、グリーン氏は4回にわたって合計16点の死海文書の断片を買い集めた。そのうち7点は、カンドーの息子であるウィリアム・カンドー氏から直接購入した。

4人の異なる人物から異なる時期に購入したにもかかわらず、今回の調査結果によると、16の断片は全て同じ方法で偽造されているという。つまり出どころは一カ所だけという可能性が高い。だが、その偽造者は誰なのか、単独犯なのか複数犯なのかは不明だ。グリーン氏に断片を売った人々も、別の古物商や収集家から偽物とは知らずに購入した可能性がある。

ナショナル ジオグラフィックは、グリーン氏に断片を売った3人の米国人に取材を試みた。2009年に4点の断片を売った古書取引業のクレイグ・ランぺ氏と、2014年に4点を売った収集家のアンドリュー・スタイマー氏からは、回答がなかった。

だたひとりインタビューに応じた古書収集家のマイケル・シャープ氏は、2010年2月に断片を1点だけグリーン氏に売り渡した人物だ。自分が売ったのが偽物だったと聞かされて、ショックを隠し切れない様子だった。「胸がむかむかします。まさか偽物だなんて、夢にも思いませんでした」

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