謎のスペインかぜ起源 中国説に説得力がある理由
1918年に始まった「スペインかぜ」と呼ばれるインフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)は、世界中で5000万人の命を奪い、史上最悪の疫病の一つとされている。
この流行の発生地については、科学者の間で何十年も論争が続いていて、フランス、中国、米国中西部など、さまざまな場所が提唱されている。起源を特定できないため、科学者はいまだに、ウイルスを生み出した条件や、将来同じようなパンデミックを起こしうる要因といった、この病気の実像をつかめずにいる。
スペインかぜは、パンデミック発生と同じ1918年に終結した第1次世界大戦よりも多くの命を奪った。近年の研究により、その第1次世界大戦中の忘れられたエピソードが、スペインかぜの拡大の発端になった可能性が指摘されている。それは、中国人労働者を列車に閉じ込めてカナダを横断させ、ヨーロッパまで運んだことだ。
カナダ、ウィルフリッド・ ローリエ大学の歴史学者マーク・ハンフリーズ氏によると、西部戦線で英軍とフランス軍の後方支援を行うために、9万6000人の労働者を中国から動員したことが、パンデミックの原因になった可能性があるという。氏が発見した記録が、それを裏付けているとしている。
ハンフリーズ氏の論文が学術誌「War in History」に発表されたのは2014年1月だった。その中で氏は、この仮説を検証するためには、スペインかぜの犠牲者からウイルスのサンプルを採取して調べる必要があると認めている。こうした証拠があれば、スペインかぜの起源を1つの場所に絞り込むことが可能になるだろう。
しかし一部の歴史学者は、氏の主張には説得力があると感じている。
「これらの記録は、歴史学者にとってはほぼ決定的証拠と言えるものです」と、米国における1918年のパンデミックを研究している歴史学者のジェームズ・ヒギンズ氏は言った。「当時のパンデミックについて、多くの疑問に答えてくれます」
最後に経験した大疫病
スペインかぜのパンデミックは3回に分けて世界を襲った。第1波が始まったのは1918年の春だった。現在も流行しているH1N1型インフルエンザの祖先にあたる株が病原体となった。
一般的なインフルエンザとは異なり、スペインかぜでは強い免疫系をもつ健康な若者に犠牲者が多かった。第1次世界大戦は、戦死者の多さだけでなく、スペインかぜも終戦の一因となったと言えるかもしれない。
「1918年のインフルエンザは人類が経験した大疫病の中では最も新しく、紛争の足跡を追うようにして世界に広がりました」とハンフリーズ氏は言う。
先に述べたように、このパンデミックの発生地は今でも不明とされているが、動員された中国人労働者が感染拡大の原因だったという説は以前から唱えられてきた。
ハンフリーズ氏は、1917年11月に中国北部で流行した呼吸器疾患が、その1年後に中国の保健当局によって、スペインかぜと同じものであったことが確認されたとする文献を発見した。
氏はまた、1917年からカナダを横断してヨーロッパに送られた2万5000人の中国人労働者のうち、検疫を受けた3000人強の多くにインフルエンザに似た症状が見られたとする医療記録も発見した。
二転、三転した起源
スペインかぜは1918年の秋にピークに達したが、1920年まで猛威をふるい続けた。世界中で大流行したにもかかわらず「スペイン」かぜと呼ばれるようになったのは、戦時中の検閲のせいで、中立国だったスペインでの大流行ばかりが報道されたためだ。
ヒギンズ氏によると、医師たちはスペインかぜが流行しだした当初からその起源をめぐって論争を始めていて、まもなく歴史学者もそれに加わるようになったという。
最初は、汚物と病気と死にまみれたフランス軍の塹壕(ざんごう)が、スペインかぜの温床になったと考えられていた。若者の犠牲者が多かったのは、塹壕にいる若い兵士にまん延したからだと説明された。また、ヨーロッパから米国に帰還した兵士たちが、米国のボストンやフィラデルフィアへ感染を広げたとされた。
戦争から10年後、米国のカンザス州が起源だったとする新たな説が登場する。州内で発生したインフルエンザの流行が、1918年3月に近くの陸軍駐屯地に広がり、48人の歩兵が死亡したという報告が根拠とされた。
だがハンフリーズ氏の論文によると、1917年に中国の万里の長城沿いの村々で呼吸器感染症が流行し、1日あたり数十人の死者が出ていたという。地元の保健当局が「冬季流感」と呼んでいたこの病気は、1917年末には6週間で500キロも離れたところまで広がった。
この病気は当初、肺ペストではないかと考えられていたが、死亡率は典型的な肺ペストよりはるかに低かった。
ハンフリーズ氏は、英国の在中国公使館職員による1918年の報告書に、この病気はインフルエンザだとする記述を発見した。中国人労働部隊と北京の英国公使館に関する戦時中の記録を、カナダと英国の歴史的公文書で探しているときに見つけたくだりだった。
隔離列車でカナダを横断
中国で呼吸器感染症の流行が発生していたさなか、英国とフランスは中国人労働部隊を組織していた。これによって戦争中、中国北部から9万人を超える労働者が英国南部とフランスに送られることになる。
「労働者を後方支援に送り込んで、兵士を前線に出そうとしたのです」とハンフリーズ氏は説明する。
アフリカ回りの船旅では時間も費用もかかりすぎるため、英国は労働者を船でカナダの西海岸のバンクーバーに送り、列車で東海岸のハリファクスまで運んでから、ヨーロッパに送ることにした。
労働者不足はあまりにも深刻だった。例えば1918年3月2日には、1899人もの中国人労働者を乗せた船が、バンクーバーに向けて中国の威海衛(いかいえい)を出港している。だがその頃、「ペスト」の流行を理由に、当地での労働者の募集は停止されていた。
ハンフリーズ氏によると、当時、カナダ西部では中国人に対する反感が強かったため、バンクーバーから労働者を運んだ列車は隔離されていたという。中国人労働者は有刺鉄線に囲まれたキャンプに閉じ込められ、特別鉄道護衛隊が彼らを見張っていた。新聞が彼らの動向を報道することは禁じられた。
その中国人労働者のうち約3000人が検疫を受けた。ハンフリーズ氏によると、カナダ人医師たちは、しばしば彼らの病気を「怠惰な」気質のせいにしたという。「中国人に対して、非常に型にはまった人種差別的な見方をしていたのです」
医師たちは、喉の痛みを訴える労働者にひまし油を与えてキャンプに戻らせた。
中国人労働者たちは1918年1月には英国南部に到着し始め、そこからフランスに送られた。フランス北部のノイエル=シュル=メールの中国人病院には、呼吸器疾患により数百人が死亡したとの記録が残っている。
歴史学者らは、スペインかぜのウイルスが1918年の春に突然変異して致死性が高くなり、ヨーロッパから米国のボストンやシエラレオネのフリータウンなどの遠方の港町まで広がったのではないかと考えている。
一方で、パンデミックがピークに達したその年の秋には、ヨーロッパの中国人労働者の間で、そうした症例は報告されなくなっていた。
歴史が語りかけること
この研究で、スペインかぜの起源をめぐる謎に最終的な答えが出たわけではないことは、ハンフリーズ氏自身も認めていた。
「埋葬された遺体に保存されている当時のウイルスを、医学の専門家が調べることが必要です」と氏は言った。「そうすれば決着がつく可能性は大いにあります」
米軍病理学研究所のジェフリー・タウベンバーガー氏などの専門家は、スペインかぜの犠牲者の体内に保存されたウイルスのサンプルを求めて、世界各地で埋葬された遺体を探している。
2011年に氏の研究チームは、1918年にスペインかぜで亡くなった32人の遺体からインフルエンザウイルスのサンプルを得た。
これまでに見つかっている最も初期のサンプルは、1918年3月11日にアイオワ州キャンプ・ドッジで死亡した兵士のものだが、研究チームはさらに早い症例を探している。
パンデミック前後の犠牲者から幅広くサンプルを集めることができれば、スペインかぜの起源を絞り込めるだろう。そのためには、パンデミックが始まった1918年の春より前に死亡した犠牲者から、H1N1型インフルエンザウイルスのサンプルを採取する必要がある。
例えば、1917年の中国のサンプルを入手できれば理想的だ。
とはいえタウベンバーガー氏は、2009年のやや小規模なパンデミックの起源さえ確定できていないことを挙げ、「この問題に最終的な答えを出せるものなのか、確信はありません」と話す。
さらにハンフリーズ氏の論文についても、「この種の(歴史学的な)分析により、新興感染症の起源や拡散のパターンを確定的に明らかにはできません。とりわけ流行の初期段階に関してはそうです」と述べる。
しかし、起源がわかれば、未来のパンデミックを阻止するのに役立つ情報が得られる可能性があり、探る価値はある。
「こうした研究から得られる教訓は、新興感染症の発生地については『中国に注目せよ』ということです」とヒギンズ氏は言い、今世紀に入ってから鳥インフルエンザとSARS(重症急性呼吸器症候群)がアジアから出てきた点を、ハンフリーズ氏の論文が発表された当時に指摘していた。
世界保健機関(WHO)によると、SARSは2003年の流行時に775人の死者を出し、鳥インフルエンザA(H5N1)型は2003年以降、384人の死者を出しているという。大流行の兆候がないか、彼らはずっと注意深く見守っていた。
「この数十年間に、多くの新興感染症が世界中に広まっています」とヒギンズ氏は言う。
「歴史は繰り返します。1918年のスペインかぜの起源を探ることで、あのような災難を防ぐヒントが得られるはずです」
(文 Dan Vergano, National Geographic、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年3月15日付]
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