コロナがあぶり出す米国の不平等 1440万人高リスク
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)が日々報じられる中、感染率をいかに低く抑えるかが大きな関心事となっている。
人間は、体内でウイルスを増殖させる宿主であると同時に、ウイルスを拡散させる存在でもある。誰かが触る物をもし感染者がウイルスで汚染してしまったら、その表面を消毒したり、触った手を洗ったりして、ウイルスの拡散を防ぐ必要が出てくる。
そうした予防措置を講じたうえでなお、糖尿病などの基礎疾患をもつ人々や高齢者は、一層の注意を払うよう推奨されている。しかし、新型コロナのアウトブレイク(集団発生)や過去の研究からは、特定の職業の人やホームレス状態にある人、貧困層にとって、感染を防ぐのは容易ではないことがわかっている。
新型コロナウイルスに感染しやすい人々は
米ワシントン大学の推定によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染しやすい職業に従事している人は、米国に1440万人もいる。
当然ながら、医療従事者は感染リスクが最も高い。最初に新型コロナが集団発生した中国では、2月末までに3000人以上の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。また米ワシントン州では数多くの介護施設において、患者と従業員両方への感染が起こっている。
このほかにも、週に1度、月に1度程度の頻度で、高い感染リスクに見舞われるグループも数多く存在する。例えば、警察官、消防士、交通機関の保安検査官、ベビーシッターや介護助手のようなケアワーカーのほか、クリーニング店の従業員、廃水処理業者、歯科技工士といった人たちだ。
人種や民族の問題も挙げられる。例えば、2009年のH1N1型インフルエンザのパンデミックの際に行われた米国内の調査では、「自分の仕事は職場でしかできない」あるいは「7~10日間仕事を休んで家にいることは難しい」と答えたスペイン語を話すヒスパニック系の人々の割合が、白人や黒人と比べてはるかに高かった。また、黒人とヒスパニックの多くは「公共交通機関を利用しないことは難しい」と答えた。
この研究を主導した米メリーランド大学のサンドラ・クイン氏は、低所得労働者の感染リスクが高い現状を懸念している。低所得者の場合、比較的混み合った環境で暮らしている、仕事を休むことが難しい、未治療の基礎疾患があり新型コロナ感染症が重症化しやすいなどの事情を抱えがちだからだ。
「新型コロナウイルスの流行は、社会の中で最も弱い立場にある人たちにとって、とりわけ大きな打撃となるでしょう」と、クイン氏は言う。「こうした状況において最も重要で、かつ人々が忘れがちなことは、感染症そのものは災害ではないということです。感染症は、それが特定の状況で起こったときに災害となるのです」
現在、米国でも新型コロナウイルスが拡散しつつある。そしてそこは、人種的・民族的少数者や農村部の市町村などが、すでに深刻な医療格差の犠牲となっている国だ。
ワシントン州シアトルの大学地区にあるフードバンクの入り口には、現在、手洗い所が設置されている。このフードバンクは毎週約1300家族に食料を提供してきた。責任者のジョー・グルーバー氏によると、コロナウイルス危機が始まってからも、訪れる人が減っている様子はないという。
しかし、フードバンクで働くボランティアの約3人に1人は高齢者であり、自分の健康を守るためにシフトを抜けることを選んだスタッフもいる。
「わたしたちは、社会的な立場が弱いたくさんの人々と繋がっています。通常のサービスをできるだけ長く維持するにはどうしたらよいかを考えることは、非常に重要です」と、グルーバー氏は言う。
シアトルでは、ホームレスの人々が特に大きな懸念事項となっている。米国にとって新型コロナウイルスの被害が最も深刻な地域であるだけでなく、ホームレスの人口が最も多い街のひとつでもあるからだ。シアトルに1万1200人存在するホームレスの大半は屋外で寝起きしている。そして彼らの多くが高齢者や、慢性的な健康問題を抱えている人々だ。
「ホームレス状態にある人が、自分の健康を管理することは不可能です。通常の状況であってもそうなのですから、感染症が流行すればひとたまりもありません」。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校社会的弱者センターの責任者で、医学教授のマーゴット・クシェル氏はそう語る。
カナダでSARSが流行した際、ホームレス支援機関は、清潔で安全な日用品を確保するのに苦労した。明確な衛生ガイドラインもなかった。すでにSARSの主要な症状が複数現れている人も多く、スクリーニング検査は一筋縄ではいかなかった。病気になったホームレスの人たちをどこへ、どのように隔離すればいいのかもわからなかった。
感染症は「不平等のリトマス試験紙のようなもの」だと、米ミシガン大学の疫学の助教、ジョン・ゼルナー氏は述べている。
(文 AVIVA HOPE RUTKIN、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年3月18日付の記事を再構成]
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