パニックになる人ならない人 買い占めにみる生存本能

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

米バージニア州のスーパーマーケット「ターゲット」の商品棚。いつもならウェットティッシュや消毒液、トイレットペーパーが隙間なく並べられているが、新型コロナウイルスの影響で人々が買い占めに走ったため、今は空になっている。「パニック買い」を引き起こすものとは何か。心理学者たちは、強いストレスのある状況下で、自分で事態をコントロールしたいという欲求が根底にあるという(PHOTOGRAPH BY WIN MCNAMEE, GETTY IMAGES)

新型コロナウイルスが世界に広がり始めると、トイレットペーパー、消毒液、マスクを求め、各地で客が店に殺到した。感染者の数が増え、各国の政府や自治体は大規模な集会を自粛させ、店を閉めさせて、他人と一定の「社会的距離」を保つよう促している。それが人々の不安をあおっていわゆる「パニック買い」を助長し、店の棚はあっという間に空になってしまった。

昔から人間は、予測できない感染症が流行するたびに、日用品のパニック買いに走ってきた。1918年にスペインかぜが流行したとき、米メリーランド州ボルティモアの薬局に人々が押し寄せ、インフルエンザに効きそうなものを手当たり次第に奪っていった。同じような現象は、2003年のSARSまで、ことあるごとに繰り返されてきた。

「人が極端な行動に走るのは、自分の生存が脅かされていると感じるためです。何かをして、自分は大丈夫だと思えるようになりたいのです」と説明するのは、米ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院の精神科疫学教授カレスタン・ケーネン氏だ。

だが、そもそも何が人にパニックを起こさせるのだろうか。パンデミックのように、誰もが激しいストレスを感じているときに、どうすれば平常心を保てるだろうか。それは、脳の異なる領域が互いにどう作用するかによる。

不安が恐怖を駆り立てる

人間の生存は、恐怖と不安の両方に依存している。そのように進化したおかげで、危機(すぐそこの角を曲がった先にライオンがいる)に遭遇したとき直ちに反応するし、将来予測される脅威(ライオンは今夜どこにいるのだろうか)についてもじっくり考えられる。

ところが、頭のなかでそのバランスが決壊すると、人はパニックを起こす。

人が危険を感じたとき、感情の中枢である扁桃(へんとう)体は、すぐに逃げろと要求する。その際、ライオンをどうやって回避するかという細かいことは考えない。一方、行動をつかさどる前頭葉は、まずライオンの状況をよく考えろと訴える。次にいつライオンと出くわすだろうか。そうなったらどうすべきか。

だが、たまに不安がこうしたメカニズムを乱すことがある。すると、どのようにして自分はライオンの餌食になるのか、考え得る限りのシナリオを脳のあらゆる領域が好き勝手に主張し始めて、計画や決定が得意な前頭葉と対話しなくなり、前頭葉が混乱に陥る。

そして、脳の回路がショートするとパニックが起こる。明日の夜ライオンがどこにいるかを前頭葉がじっくり考えようとしているのに、扁桃体がフル回転している状態だ。

「より理性的な前頭葉が感情に圧倒されてしまうと、パニックが起こります」と、ケーネン氏は言う。恐怖の感情が強くなりすぎて、扁桃体が脳の支配権を握り、アドレナリンが多量に分泌される。

もちろん、パニックが命を救うこともある。今すぐライオンに襲われそうになったり、自動車にはねられそうになったとき、最も理性的な反応は、逃げるか、闘うか、または硬直して動けなくなるかのいずれかだろう。頭のなかで議論している暇はない。

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不確実性がパニックを助長する
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