さて、数ある有名なザ・ビートルズのアルバムの中でも、69年に発売された「アビー・ロード」のジャケット写真はとりわけ強い印象を与えます。スタジオ前、アビー・ロードの横断歩道を4人が歩いているだけの写真です。先頭はジョン、ジョージがしんがりで、適度な間隔で歩いています。

そのジョンの服装が鮮烈です。ホワイト・スーツにスニーカー。この時のジョンのホワイト・スーツを仕立てたのはトミー・ナッターです。彼は当時「(高級紳士服店が連なる)サヴィル・ロウの異端児」とうたわれた人物。彫刻のようなスーツを仕立てることで知られていました。ホワイト・スーツといえば、すぐに白麻の盛夏服を思い浮かべるのですが、トミー・ナッターのホワイト・スーツは、ウール地だったのです。

スーツ&スニーカーの新鮮な着こなし

ジョンが若いころ傾倒したルックに、10年代の英国をイメージするクラシックで前衛的なファッション「エドワーディアン・スタイル」がありました。そのエドワーディアン・スタイルのひとつに、やや誇張された、ホワイト・ジャケットがあったのです。ジョンのホワイト・スーツは、どうもそのあたりがヒントになったのではないかと思われます。

ホワイト・スーツにスニーカーを合わせたのも、とても新鮮なスタイルでした。ややドレッシーな着こなしの中に、さらりとスニーカーを履いた先駆者。スニーカースタイルにも、ジョンの功績があります。

ジョンは長きにわたってスニーカーを愛用しました。最初はカジュアルスタイルとしてのスニーカー。これはおしゃれ感覚で履いたのだと思います。ですが後にそれは彼の一つの姿勢、精神、生き方の表れとなっていきます。

スニーカーがなぜ、精神を表現するアイテムとなったのか。それにはオノ・ヨーコが関係しています。

ジョン・レノンがオノ・ヨーコに初めて出会ったのは、ジョンの友人、ジョン・ドンバーが経営する「インディカ画廊」です。そこでたまたま個展を開いていたのが、オノ・ヨーコでした。

おしゃれの裏にはオノ・ヨーコあり

オノ・ヨーコは前衛芸術家です。作品は、天井からルーペがぶら下がっており、そのルーペを使って天井に貼られ小さなキャンバスに描かれた「YES」という文字を見るというものでした。ジョンは、この「YES」の文字に参ってしまったといいます。

69年3月20日、ジョンとオノ・ヨーコがジブラルタルで結婚した時。オノ・ヨーコは白いミニ・スカートを、ジョンは白のダブルの6つボタン型の上着を着て、白いスニーカーを履いています。確信犯としてのスニーカーを。

オノ・ヨーコは東洋思想、そして平和思想の持ち主です。彼女はそのすべてをジョンに説きました。当時のジョンは、スニーカーは革靴よりもはるかに東洋的であり平和的であると固く信じていたのです。「おしゃれの裏に女あり」。これもまた、真実でありましょう。

ジョンが69年にホワイト・スーツを着たことに触発されたのかどうか、ミック・ジャガーも結婚式に、トミー・ナッター製のホワイト・スーツで臨んでいます。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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