麻婆や香菜も相棒 今旬シングルモルト、多彩な楽しみ
バーカウンターでナッツをつまみながら、ゆっくりグラスを傾ける――。かつては、シングルモルトウイスキーといえば、そんなふうに楽しむものと相場が決まっていた。ところが、その世界に変化が訪れている。近年、「シングルモルトウイスキーと料理のマリアージュ」が注目されているのだ。
こうした考えが出始めたのは2008、09年ごろだと、MHD モエ ヘネシー ディアジオのシングルモルトアンバサダー、ロバート・ストックウェルさんは振り返る。ウイスキーエキスパートである同氏は、シングルモルトの魅力を広めるべく様々な活動を行っているが、当時はウイスキーをソーダで割ったハイボールがブームになり始めていた頃。居酒屋などで料理とハイボールを楽しむ人が急増する中、シングルモルトについても、料理とのマリアージュについて話してほしいという依頼が増え始めたという。
シングルモルトと料理のマリアージュは日本ならではの発想で、「本場スコットランドでは『ウイスキーと合わせるなら、もう一杯、ウイスキーを飲めばいいさ』と言われそう」と笑うストックウェルさん。前例のない中、自宅で料理を作っては自分がコレクションするウイスキーと合わせてみたという。
「実はウイスキーと料理のペアリングは難しくありません。ワインのような酸があまりないため、料理の酸味を考慮することなくペアリングができるからです。ぶっちゃけ合わないものはない。でも、『どんぴしゃ!』という食材や料理を見つけるとうれしいですね」
例えば、スコットランドのシングルモルトと料理とのマリアージュはこんなかんじ。スカイ島に蒸留所を構えるタリスカーには、インドカレーやサンショウを使った料理。タリスカーの持つ、黒コショウを思わせるスパイシーな味わいが互いを引き立てるからだ。
一方、ハイランド地方のグレンモーレンジィは、フルーティーな味わいのため魚料理との相性がいい。スモーキーなアイラ島のアードベッグには、エスニック料理など香菜(シャンツァイ:パクチー、コリアンダーともいう)を使った料理が好相性。「クセが強いお酒なので、料理もクセがあるものがいいのではと試してみたら、すごく合った」とストックウェルさんはうれしそう。「どんぴしゃ!」の瞬間だったのだろう。
本格四川料理が売りの東京・日本橋の「リバヨン アタック」は、まさにサンショウとタリスカーのマリアージュが楽しめる店だ。ウイスキーを40種以上そろえる同店がタリスカーとのマリアージュを薦めるのは、看板料理「四川麻婆豆腐」。
「リバヨン アタック」のシェフ、人長良次さんが毎年四川で買い付けるフレッシュな花椒(日本のサンショウの近縁種)を用いた一品である。料理がしっかり味わえるよう辛味は抑えめ。滑らかな絹ごし豆腐を用いているため上品な口当たりで、最後にピリッとした辛さと花椒からくる舌のしびれがほんのり残る。
「普通は、最後のシメにご飯ものと麻婆豆腐を頼まれることが多いと思いますが、うちの店では、ほとんどのお客様が最初におつまみとしてオーダーされる」(人長さん)という。
しかも、麻婆豆腐に合わせる同店の人気ドリンクは単なるタリスカーではない。好みの量のひきたて花椒をタリスカーのソーダ割に振りかける「タリスカー スパイシーハイボール」だ。
「そもそもタリスカーのハイボールには黒コショウを振り入れたりするのですが、ウイスキー好きの弊社社長が私の麻婆豆腐を食べたとき、サンショウとタリスカーはすごく合うねという話になって。それで、コショウの代わりに花椒を入れてみたら、やみつきになるお客様もいるほどの看板ドリンクになったんです」(人長さん)
麻婆豆腐の辛みやしびれが広がった後、「タリスカー スパイシーハイボール」を飲むと口の中がさっとクリアになる。しかし、もともとスパイシーなタリスカーに花椒が加わっているので、普通のハイボールとは異なり単純な後味になりすぎず、複雑な香りと味わいの余韻を楽しめる。
さらに、「これも、タリスカーとの相性は抜群です」と人長さんが薦めてくれたのは、「自家製麻辣干し肉の炙り」。沖縄産の皮付き豚バラ肉を、トウガラシ、花椒、八角、シナモンなど約20種の香辛料に1週間ほど漬け込み、さらに約2週間乾燥熟成したもの。これを薄く切り、バーナーであぶって提供する。豚肉の脂身が溶け出した肉は、かめばかむほど味わい深くなる。そこにタリスカーをぐっと飲むと、脂がさっぱり洗い流される一方で、スパイシーさはドリンクの味わいとともに口の中に残る。
ちなみに、「湿度が高くなるとカビてしまうので、この干し肉は11~3月の間しか作れないんです。その間に1年分を仕込み冷凍します。でも、5月ぐらいまでは、冷凍前の一番おいしい状態で召し上がっていただけます」(人長さん)とのことだ。
一方、「料理にこだわったマニアックなバー」とストックウェルさんが教えてくれたのが、神戸市三宮の「アードベッグハイボールバー」。アードベッグはモルトウイスキーの特徴であるスモーキーさ、ピーティーさ(いずれも、いぶしたような香りや味わいを指す)が強烈なシングルモルト。好みが分かれるが、同店はこのウイスキーの専門店である。
「アードベッグは余韻が長く口に残るウイスキーですが、ハイボールにすると爽やかで飲みやすくなります。食前から食後まで満足できる味わいで、ほかのウイスキーとは一線を画している」とオーナーの堀雅文さんはほれ込む。同店では、限定ボトルなども含め、約20種のアードベッグを扱うが、「アードベッグ好きだけではなく、そうでない方でも、料理とのマリアージュを体験することで好きになっていただければ」とのコンセプトで、フードメニューは充実のラインアップだ。
特に薫製、炭やまき、わらなどでこうばしく焼いた肉料理が合うといい、「香りのアクセントを通常より少し強めに出すことで、アードベッグとの調和がとれる」と同店店長の水野翔太さん。地元の食材を使った「神戸ポーク 肩ロースの藁炙り焼き」は、低温調理でじっくり火入れし、仕上げにわらであぶったもの。焼く時間を短くすることで、神戸ポークの特徴である甘味のある脂をたっぷり残す。
ソースにも、10年もののアードベッグを使い、香りづけ。ベストマッチとなるドリンクは、同じアードベッグを使ったハイボールだ。「アードベッグの爽やかでスモーキーな香りが、炭酸にのってはじけ、脂身の重さを洗い流してくれる」と水野さん。また、同店ではラム肉のローストも人気。「あえて、ラム肉の臭みを少し残すことで、アードベッグのスモーキーさとよいマリアージュになっている」と言う。
「スパイスやハーブを使った煮込み料理も合います。スパイスカレーやチリビーンズなどはお客様から好評」と水野さんは話す。同店には、ストックウェルさんが薦めたパクチーを使った料理もあり、中南米料理である鮮魚のマリネ、セビーチェが人気だ。
さて、新しい料理とのマリアージュを提案する店がある一方、シングルモルトの定番つまみを新しい形で提供する店もある。96年開店の東京・南青山の老舗バー「ヘルムズデール」だ。約300種のウイスキーをそろえる同店にはスコットランドでは定番となるウイスキーのお供、ハギス(ヒツジの臓物の料理)を使ったスパゲティがある。
ハギスは、オーナーの村沢政樹さんがスコットランドでバーや精肉店を回っていくつものレシピを入手し、研究を重ね完成させたもの。スパゲティには最後にカリッと素揚げしたニンニクやトウガラシをトッピングする。一見、シンプルなひき肉スパゲティのように見えるが、レバーやハツも使ったヒツジならではのクセのある奥深い味わいが、ウイスキーの味を引き立てる。これが豚ひき肉では、あっさりしすぎて物足りないに違いない。
「やはりシングルモルトの本場であるアイルランドを訪れたとき、『バー&ブラッセリー』という食べ物に力を入れた業態があって、料理がおいしかった。単なるパブではなく、大人が集まる洗練された店にしたかったので、料理にも力を入れることにしたんです」と村沢さんは話す。
同店には、新型コロナウイルスの影響から、新しいメニューも登場した。タピオカドリンクだ。「ヘルムズデール」は長野県・軽井沢に系列店がある。軽井沢の店では若い女性や子ども客も多いため、ソフトドリンクが充実しており、この商品はそこでの人気ドリンク。ウイルス対策で学校が休みとなったため、東京の店でも3月下旬より期間を限定し開店時間を早め、テークアウトのみでタピオカドリンクを出すようになったのだという。しかし、なぜここでわざわざこのタピオカドリンクを紹介したのか――実は、同店のドリンクにはシングルモルト入りの「大人限定版」があるのだ。
大人向けのドリンクは、基本となる黒糖タピオカミルクティーにタリスカーが15ccほど入っている。タピオカは台湾産を使いこだわりの硬めの触感。練乳が仕込まれていて、これがウイスキーを引き立てる。いわばタピオカ入りカクテルで、約300ccと容量たっぷりなのがうれしい。ちなみに、リクエストに応じてタリスカー以外のウイスキーを合わせることも可能。若い女性や子どもに人気というイメージの強いタピオカドリンク。春季の平日限定のみのメニューだが、まだ未体験という人はこの大人版ドリンクを試してみては。
(フリーライター メレンダ千春)
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