在宅でカフェ接客、買い物も アバターロボット広がる
遠隔操作で仕事や用事をこなすアバター(分身)ロボットの、本格的な普及が始まろうとしています。福祉の現場や商業施設で人の相手をするアバターロボットが登場、宇宙空間のような特殊な場所で働いてもらう計画もあります。新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークが注目されていることも普及の追い風になりそうです。
人のような見た目のロボットでは二足歩行するホンダの「アシモ」や、ソフトバンクグループのコミュニケーションロボット「ペッパー」が有名です。これらはプログラムで自律的に動いたり人と対話したりしますが、アバターロボットは人が別の場所で操作します。
3月中旬、新型コロナウイルス流行で外出を控えていた那覇市の児童が、沖縄美ら海水族館を遠隔見学しました。ANAホールディングス(HD)のアバター「ニューミー」が館内から魚が泳ぐ様子などを伝えました。ANAHDは昨年12月には三越伊勢丹と協力してアバター経由で買い物ができる店舗を期間限定で開きました。
福祉ロボット開発のオリィ研究所(東京・港)は今年初め、都内のカフェで、遠隔地の障害者が操作するロボットの接客実験を行いました。小型のヒト型ロボットが注文を聞いたり、キッチンから料理を配膳したりしました。また、都内に研究拠点を持つ米GITAI(カリフォルニア州)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と協力し、国際宇宙ステーション内で飛行士の代わりに作業するアバターロボットを開発しています。
アバターロボットの原型となる概念は日本で生まれました。東京大学名誉教授の舘暲さんが1980年に「テレイグジスタンス」(遠隔存在)という考え方を提唱しました。目や耳の代わりになるセンサーと作業用の手足を備えたロボットを、遠隔地から操作するシステムです。操作者は仮想現実(VR)でよく使われるヘッドマウントディスプレー(HMD)を装着したり、画面を見たりしながらロボットを動かします。
日本では今年度からの国の大型研究開発制度「ムーンショット」で、次世代のアバターロボット開発を目指します。また未来技術開発を手がける米Xプライズ財団はテーマの一つにアバターロボットを選び、世界各国のチームが参加する賞金コンテストを開く予定です。
舘さんは「VR技術や通信技術などの進展で、実社会で使えるアバターロボットの姿が見えてきた。課題は人間の手のように動くロボットハンドの実現」といいます。遠隔診療や高齢者見守りなど、アバターロボットの活躍の場は拡大しそうです。
舘暲・東京大学名誉教授「2050年ごろには社会に定着」
アバターロボットは今後どのような形で広がるのか。本格的な普及に向けた課題は何か。アバターロボットの原型となるテレイグジスタンス(遠隔存在)の概念を1980年代に初めて提唱し、様々なアバタータイプのロボットを研究してきた舘暲・東京大学名誉教授に聞きました。
――日本でのアバターロボットの普及の様子をどう見ていますか。
「アバターロボットを手がけるスタートアップがこの2、3年次々に誕生し、ビジネスのイメージが見えてきた。2017年創業のテレイグジスタンス(東京・港)は、コンビニエンスストアの陳列作業にアバターロボットを使う準備を進めている。無人店舗が今後増えるとされるが、商品陳列などの作業にはまだ人手がいる。こうした作業を遠隔地からロボットを操作して行う。アバターを使えば、1人の操作者が、複数の店で順番に作業するというオペレーションも可能になる。店ごとに従業員に作業手順を教える必要がなくなるといった利点も生まれる」
「既存の有力企業の中にも、アバターロボットの可能性に注目するところが出ている。トヨタ自動車が開発したヒューマノイドロボットは、ヘッドマウントディスプレー(HMD)などウエアラブルな装置をつけた人がコックピットに座った状態で操作する。日本製鉄グループは、工場での作業などを想定してアバターロボットを開発している。ANAホールディングス(HD)は、頭部がタブレット端末で移動できるアバターを昨年発表した。観光・商業施設や病院など様々な場所に設置して、利用者がこのアバターにログインすることでその場所に瞬間移動するというコンセプトをうたっている」
――アバターロボットの普及に向けた研究開発も進んでいますか。
「国内外でプロジェクトが動いている。宇宙開発や深海探査などの技術コンテストで有名な米国のXプライズ財団が、アバターロボットをテーマに技術コンテストを開く。スポンサーはANAHDだ。日本の14チームを含む世界19カ国の計77チームが21年に開かれる予選に臨み、22年に決勝戦が行われる予定だ。また、最近計画が固まった政府の大型研究プロジェクトであるムーンショット型研究開発制度では、量子コンピューターなどと並んでサイバネティック・アバターというテーマが選ばれた。人の代理となるアバターロボットを通じて、人間の能力の拡張も狙ったものであり、テレイグジスタンスとほぼ同じ概念だ。ムーンショット型研究は50年ごろの普及を見据えている」
――アバターロボットはどのようなステップで普及していくでしょうか。
「3次元(3D)表示技術やバーチャルリアリティー(VR)のような技術の普及過程が参考になる。3DもVRも、技術の黎明(れいめい)期から30年ほどで興隆期を迎え、そのさらに30年後に本格的な普及期に入った。アバターロボットの場合も、テレイグジスタンスの概念が生まれた1980年代から30年あまりたった現在が、後で振り返ると最初の興隆期だったと言われるのではないか。そのさらに30年後の50年くらいには社会に定着した技術になっているだろう」
――アバターロボットの活躍が見込める有望分野は?
「まず少子高齢化に伴う労働力不足に対応する使い方だ。高齢者がロボットの力を借りて長く働けるようになる。肉親の介護や育児などで家を離れられない人でも、アバターロボットを操って職場で仕事をすることができる。事務作業やミーティングなどは今のテレワークでもできるが、体を動かす作業がアバターロボットによって可能になる。2番目は、危険・過酷な環境での作業を安全な場所から行うという使い方だ。建設現場などがこれに当たるが、他にも化学・製薬企業のように危険な物質に触れないよう防護服を着て作業しているところもある。感染症が流行している地域での医療活動にも使える。3番目はレジャーやエンターテインメント分野。スキューバダイビングとか登山とか、通常は訓練無しではできないことを、アバターの身体や感覚を通じて手軽に体験できるようになる」
――技術的にはどんな課題がありますか。
「アバターロボットは、ロボット技術や、VR技術、通信技術、そして人工知能(AI)技術が統合されて実現している。AIや通信などデジタル技術はかなりの水準に達しているが、まだ不十分なのがロボットハンドだ。ヒトによる細かい手作業をうまく再現するのが難しい。今の産業用ロボットのアームも、特定の作業に特化したもので、人間の手のように様々な作業ができるものはない。アバターロボット用に、人の手と全く同じものを作る必要はないが、もっと機能が高いものを開発しないといけない」
(編集委員 吉川和輝)
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