チキンソテーと違う 「串に刺さない」焼き鳥の味わい
煙とともに立ち上る香りに、じゅうじゅうと音を立てる肉。熱々の串にかぶりつくとジュワッと脂のうま味が広がる。日本の代表的グルメの一つ、焼き鳥だ。ジューシーなおいしさと合わせ、串に刺さった肉を手でそのままほおばれるという気軽さも大きな魅力だ。焼き鳥において「鳥と串」は一体で、切り離せないものだろう。
そんななか、東京では3~4年前から「串に刺さないで楽しむ焼き鳥」という新ジャンルの焼鳥店が静かなブームになっているのをご存じだろうか。串に刺さずに一体どうやってあの姿にするのか。それは単なる「チキンソテー」ではないのか。今回はその人気2店のリポートをお届けする。
1店目は「新橋 焼肉鳥 鍋肉鳥 gg(じじ)」(東京・港)。コンセプトはまさに「串に刺さない焼鳥店」だ。一般の焼鳥店では、店主やスタッフが焼き鳥を厨房で焼いて客席に運ぶが、この店では客席に焼き台があり、好みの部位を注文し、焼き肉やお好み焼きの店のように客自身が焼いて食べる。
名物メニューは「地鶏 銘柄鳥 一羽盛り」(3980円、税別)。部位違いで盛り付けられた生の鶏肉が15種類ほど。焼き鳥でおなじみのモモをはじめムネ、レバー、砂肝、ハツがずらりと並ぶ。さらに「せせり」や希少部位の「背肝(せぎも/腎臓)」「手羽トロ(肩肉)」「さえずり(食道)」「ひざ軟骨」などもある。
これらは愛知の名古屋コーチンや福岡のはかた地どり、千葉の水郷赤鶏など全国の銘柄鶏のおいしい部位を組み合わせたぜいたくな集合体だ。鮮やかな色合いに、プリプリと音が聞こえそうなほどフレッシュな見た目にもひきつけられる。店長兼総料理長の竹田大介さんに教えてもらいながら、自分で焼いて食べてみる。
焼き上げて口に運ぶと、ぷわあっと脂身の味わいが広がり、どの部位もみずみずしく、口当たりが非常にソフトだ。ムネ、ササミ、レバーはどれもとろけるようになめらかで、ハツや砂肝はジャリっとしたあの強い歯ごたえを感じた後に濃いうま味が追いかけてくる。臭みはゼロ。今まで食べてきた鶏肉とはまるで別の食べ物のようだ。
希少部位の「さえずり」は牛肉の「コブクロ」のような濃厚な脂身と弾力のある食感がなんとも美味。「ひざ軟骨」はコリッコリの強い食感で酒が進む。新鮮な地鶏を、串に打たず、部位ごとに客自身に焼いてもらう「焼き肉鳥」の発想は、どうやって思いついたのだろうか。
「この店は2店目で1号店は2016年に恵比寿で開業しました。その当時、焼肉店は都内で飽和状態で、焼きとん専門店もブームになりつつありましたが『鶏肉を焼く』という店はまだなかった。『今日は鶏肉を焼いて食べよう』というシーンがあってもいいのでは、と思ったのがきっかけです。また従来の焼き鳥は、味つけが塩かタレの二択がほとんど。しかしうちは塩コショウと一味トウガラシ、サンショ、ユズコショウ、ワサビ、生しょうゆ、そしてウメやネギ塩を使ったオリジナルのタレを4種用意し、焼き肉風にお客さまがお好みの味付けで自由に楽しんでいただけるように工夫しています」(竹田さん)
出店前に全国の鶏肉の部位を100種類以上試食したという竹田さん。ちなみに同店では焼き肉鳥とともに「鍋肉鳥」として、同じ部位をすき焼きのように溶き卵につけて食べるメニューも提供している。焼き肉で鶏をたっぷり楽しんだ後、さらに甘辛い割り下で味わい尽くすのも鶏好きにはたまらない。カップルなど少人数でなければ、焼き肉鳥と鍋肉鳥を両方食べる客も少なくないという。
2店目は西麻布の人気店「焼鳥 ひらこ」(東京・港)。六本木通りでバスを降りて歩くこと3分。グルメな大人が好むレストランやバーが軒を連ねるエリアにひっそりとある。こちらも「串に刺さない焼き鳥」を出す都内の人気店で、宮崎県の小林市で育てた純血名古屋コーチン種の「飛来幸(ひらこ)地鶏」を、その養鶏場のオーナー自らが調理して提供する店だ。
予約は午後6時からと同8時半からの2回のみ、メニューは「飛来幸(ひらこ)地鶏おまかせコース(20品)」(1万円、税・サ別)と、トリュフやキャビアなども入れた「贅(ぜい)の食材と地鶏の希少部位コース」(1万5000円、同)のコースの2種類のみ。店の外に看板もなく一見入りづらい雰囲気だが、会員制やオーナーの知人のみ迎えるというシステムではなく、席が空いていれば誰でも予約可能だ。
2種のコースのどちらにも含まれ、特に好まれる部位だという「もも肉」と「砂肝」を食べてみた。高級すし店のような台の上に、店主の高岩誠さんが焼き上げた鶏がすっと置かれ、日本酒とのペアリングを楽しむコース(6000円~、同)を注文した客には一緒にグラスも添えられる。モモ肉と合わせるのは奈良県の特別純米酒「ふた穂」。
高岩さんの勧めに従い、まずは日本酒を口に少し含み、そして焼き鳥をもぐもぐ。そしてまた日本酒をゴクリ。宮崎県でのびのびと育った名古屋コーチンは締まった筋肉質で、じわっと脂身が広がる感じはない。しかし、うま味がぎゅっと濃縮し、炭火の香ばしい香りとともに、文字通りかむほどに口の中で味わいが増してくる。そしてほんのり甘くフルーティーな日本酒が、料理のソースのように肉の味を引き立てる。
砂肝も同様でコリコリの食感を感じた後、かんで飲み込んでからも強いうま味が喉の奥からじわじわと上がって来る。カウンター割烹(かっぽう)のような静ひつな空間、そして提供の仕方といい、究極にシンプルかつ上品だが確かにこれも一つの焼き鳥に間違いない。
コースのシメで大好評だという「親子孫丼」も食べてみる。ゆるく火入れした鶏肉と卵をだし汁とご飯と一緒に味わうもので、すっきりしただしと甘じょっぱく軟らかい半熟卵、弾力のある肉が一体となり、ハマる味だ。ユニークな料理名は、鶏肉と卵だけでなく、だしも鳥だけで取ったものを使っていることに由来する。
「うちの地鶏は部位ごとに味が大きく異なります。串に刺さないのはそれぞれ焼き方を変え、どの部位もしっかり中心まで火を通す必要があるためです。私自身が大事に育てた鶏をベストな火入れでお出しし、心ゆくまで堪能していただきたいと思っています」(高岩さん)
以上、まったくスタイルの違う「串に刺さない焼き鳥」を体験した。従来の串打ちのものと見た目は別物、しかし食べてみるとチキンソテーではなくやっぱり焼き鳥なのだ。ごく身近でシンプルなこの料理の、不思議な奥深さを感じた。ニュージャンルの串に刺さない焼き鳥、また別の進化や変貌を見せてくれそうで、目が離せない。
(フードライター 浅野陽子)
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