ダイヤモンドプリンセス 医師が見たコロナ感染の実態
新型コロナウイルスの集団感染が確認されたダイヤモンド・プリンセス号で医療支援活動を行った日本DMAT(災害派遣医療チーム)。その一員として活動した京都府立医科大学救急医療学教室の山畑佳篤さんはどんな経験をし、どんな感想を持ったのでしょうか。山畑さん自身が医師・医療従事者向けに書いた記事ですが、ダイヤモンド・プリンセス号の状況については一般の人の関心も高いと思われるので紹介します。
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全国各地で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のクラスターが発生し、疫学的リンクのたどれない症例が発生しています。今なお新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のPCR陽性者が確認されていない県もあり、まだ見ぬ症例に対して準備を整えている段階のところもたくさんあると思います。世界的にはWHOもパンデミック宣言を出しており、感染が広がっている段階であることは間違いなく、いずれ日本でも多くの医療者がCOVID-19に対峙することになると思います。
以下の内容は、日本DMATの一員として、ダイヤモンド・プリンセス号(以下DP号)に関わる医療支援活動の中で、個人的に経験したことを皆さんと共有するために記します。DP号は、一定の限られた集団の全員に対して、症状の有無に関わらずSARS-CoV-2のPCR検査を行った稀有な事例であると考え、公開されている情報とともに一個人の体験・感想を生の声で伝えることにも意味があると考え、発信します。
活動概要
国からの派遣要請に伴う日本DMATの一員として、下記の概要で活動しました。
(1)2月14日から17日までの間、DP号の入り口において、統括DMATとして、PCR陽性の方の搬送のサポートを行いました。PCR陽性の方は全員隔離施設に入れるという前提があり、搬送の予定が組まれた方の行き先と搬送手段のマッチングを確実に行うこと、症状が悪化した人の救急搬送について調整することなどが任務です。
(2)2月18日から2月27日までの間、藤田医科大学岡崎医療センター建物(未開院)において、多数の軽症者、無症候者、同行者を受け入れるにあたり、DMATロジスティックチームの長として、本部機能をサポートしました。この施設はまだ病院として開設していない状態であり、基本的に医療処置が不要と考えられる軽症・無症候の方の短期間の受け入れという前提で、この搬送を横浜側と調整することが任務です。
DP号での感染状況
確認された1人目の症例である乗客は、1月25日に香港で下船、1月30日に発熱、2月1日にPCR陽性となりました。その後、航海予定を早めて横浜に帰港する前に2月3日から船上検疫を受け、有症状者31名のPCR検査を実施したところ、2月5日に乗客・乗員10名の陽性が確認されたことから、この日から全乗客の船室隔離が開始されました。最終的に2666名の乗客と1045名の乗員、合計3711名全員にPCR検査を施行し、696名(18.8%)が陽性、うち410名(58.9%)が無症状とされています(表1)。人工呼吸管理または集中治療室に入院した症例が37名(陽性者中5.3%)、死亡者が7名(陽性者中1.0%)となっています[注1]。
乗客のPCR陽性者のうち、症状発症のピークは2月7日で、その後2月13日までなだらかに続いています[注2]。Johns Hopkins大学でまとめたデータでは、接触から症状発現までの期間は2日から11.5日で中央値は5.1日[注3]とのことであり、これらの方々は船室隔離開始前に既に感染していた可能性が示唆さ3れます。なお、無症候の方も数多くおられたこと、下船前に無症候者も含め全員にPCR検査を行う方針となって検体採取件数が増えたこと、などの影響で、PCR陽性確定者数のピークは2月17~18日になっています(図1)。ただしこれらの方々は無症候であるが故に、感染成立の時期が特定できません。
実際の感染者の症状・病像
全数検査をすると、驚くほど軽症や無症状でPCR陽性の人がいます。発熱はもちろんのこと咳や息苦しさなどの自覚症状もないため、中には「検査結果が間違いだ」と言って隔離施設への搬送を拒む人が複数いたほどです。もちろん「無症状」と分類されている人の中にも軽度の症状(軽い咳、軽度の咽頭痛)がある人は一定数含まれていたと思います。あの狭い船内で、多数の「疑い例」である人を対象に、直接接触時間を極力短くしながら、しかも多数の外国籍の方(日本語も英語も全く使えない人も多数)を含め、短時間で症状の有無を判断するには限界があります。ただ症状があったとしても、日常生活の中であるならば、その症状だけで医療機関を受診する人は半分にも満たないであろう、ぐらいの軽微な症状でした。
軽症の方の症状も、有症状に分類された方の初期症状も、実に多彩です。咳が全く出ない方、消化器症状が中心の方(気分不良、軟便などを含む)もおられます。咽頭痛を自覚する人が多いように思いますが、咽頭痛は自己申告であるため咽頭痛のみでひっかけるのは難しいかもしれません。水様下痢はいなかったように思います。
[注1]厚生労働省 横浜港で検疫中のクルーズ船の乗客・乗員に係る新型コロナウイルス感染症PCR検査結果について
[注2]国立感染症研究所 現場からの概況:ダイアモンド・プリンセス号におけるCOVID-19症例
[注3]Stephen A. Lauer, MS, PhD, et.al. The Incubation Period of Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) From Publicly Reported Confirmed Cases: Estimation and Application, Ann Intern Med. 2020. DOI: 10.7326/M20-0504
増悪時は急速に
岡崎の受け入れ施設はまだ開設前の病院建物であり、前提として医療処置が不要と考えられる無症候の人を選択して搬送してもらいました。発熱がないことはもちろんのこと、出発前にSpO2(編集部注:酸素飽和度。肺や心臓の病気で酸素を体内に取り込む力が落ちてくると下がる)が97%以上、という条件もお願いしました。船内の状況を考えるとPCR陽性者のSpO2を全例チェックすることの大変さは理解していましたが、受け入れ施設内では酸素投与を含めた医療処置ができない、ということでチェックしてもらうようお願いしました。最終的にPCR陽性の人が96名、その家族や付き添いでPCR陰性の人が32名の合計128名を受け入れしました。横浜からは自衛隊バスで隊列を組み、警察の先導とDMATおよびトイレ車が随行する形で、休憩を含め約6時間の移動です。
上記の条件で無症候の人を選択して搬送してもらっても、6時間の搬送中に症状が出現し、医療処置が必要との判断で医療機関に搬送した症例が13名いました。128名に対しては約10%ですが、PCR陽性者だけでみると13.5%になります。施設到着時点で、見た目だけで重症化したことが分かる症例はほんの一部で、多くの症例では呼吸数すらあてになりませんでした。「咳が多い」「歩けない」「何となくおかしい」で事前予測できた人もいますが、多くの方は到着時の体温、SpO2測定で鑑別しました。
中国から病像についての論文が出ていますが[注4、5、6]、国内で聞く情報からも、無症候・軽症のPCR陽性の方でも、胸部CTを撮像するとおおよそ4人に3人は肺炎像があるという情報があります。多くは両側に肺炎像を認めますが、これはタイミングにもよるかもしれません。多くの方が軽症や無症候でも肺胞に炎症をきたし、そのうち高熱やSpO2低下に至る人が一部存在する、と理解する方がいいかもしれません。岡崎で上記の無症候から搬送対象になった方の中には、もともと無症状だったものの、搬送の6時間のうちに軽度の胸痛が出現した人が何人かいます。CT像から考えるに肺炎の進展によって胸膜痛が出てくる可能性があります。
無症状・軽症から重症化するときは、スピードが早い印象です。初期にはほぼ無症状であるため、気づかないうちに病変が進行し、有症状になってから一気に進行するように見えるのかもしれません。PCR陽性の軽症者を診るときにはこの点に留意してください。
他の感染症との合併
既に報道にあるように、肺炎球菌抗原陽性で肺炎治療中の方が、後からCOVID-19であると分かった症例があります。一般にウイルスによる上気道感染に合併して細菌性肺炎を発症する、という点は日常的な注意と同じで、別の感染症が見つかったらCOVID-19が否定できるわけではないことに留意が必要です。それ以上に驚いたのは、A型インフルエンザの迅速検査が陽性で、同時にCOVID-19も陽性だった人がいることです。A型インフルエンザ感染で説明がつかないような肺炎像があるときには注意が必要です。
感染拡大期から蔓延期に向けて
無症候性感染者、軽症症例が多数いる以上、拡大期や蔓延期において、症状によってCOVID-19を鑑別するのは不可能と考えた方が良いでしょう。疫学的リンクがたどれない症例が出てきていることを考えると、接触歴だけでも鑑別はしきれません。結果的に疫学的リンクがたどれている人も、濃厚接触者に対する健康観察対象期間に見つかった症例ばかりでなく、発症後に後付けでリンクが分かった人も多数います。
「発熱等外来」を設けている医療機関もあるかと思います。もちろん医療機関受診の早い段階でのトリアージにより感染リスクが高い人をピックアップすることは、早期の隔離と診断という意味で必要なことだと思います。しかしそこでふるい分けられなかった人には感染の可能性が無い、ということではありません。「発熱」や「症状」だけで鑑別ができない以上、「発熱等外来」だけでなく、全ての待合スペースで適切な患者間の距離を確保する、定期的に換気を行うなどの対策と、病院に来院しなくとも良い人はできるだけ来院を避けられるようにする(電話による処方箋発行、再診間隔を長くとる)などの対策が必要になります。
残念ながらDP号で活動した救援者からも感染者が出ています。しかし、あれだけ不特定多数の救援者が船内に入りながら(検疫中に一貫して船内活動をしたのはごく一部で、短期間活動する人が多かったです)、感染した人数が少数であることを考えると、適切な感染防護策を施せば医療者への感染は防護できるはずです。強調すべきは接触予防策、適切な防護具の着脱(特にマスクの扱い)、手指衛生ではないでしょうか。これは専門家の意見として既に公表されているものです。
無症候性病原体保有者も感染力があることが分かっており、発症直後がもっともウイルス量が多い、との中国からの報告もありました。また中国からは医療者の感染の大多数は軽症患者から、とも報告されています。これからの拡大期・蔓延期に向けて、全国の医療機関で対応の準備が進んでいると思います。個人的な経験もふまえ、
・症状や病歴だけでは鑑別はできず、診察スペースを分けるだけでは対応はできないこと、狭い空間に長時間同席すると感染のリスクがある、ということから無症候性病原体保有者がいるということを前提に、外来の待ち時間・待合スペースについて換気・着座間隔などに工夫をする必要がある。
・COVID-19感染の疑いであるかどうかにかかわらず、愚直に感染防護と接触予防策を行うことで、医療者の感染リスクはかなり下げられると思います。
事前準備を行って、拡大期・蔓延期を安全に乗り切りましょう。
(文 山畑佳篤=京都府立医科大学救急医療学教室)
[注4]Tao Ai, Zhenlu Yang, Hongyan Hou, Chenao Zhan, Chong Chen, Wenzhi Lv, Qian Tao, Ziyong Sun, and Liming Xia.Correlation of Chest CT and RT-PCR Testing in Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) in China: A Report of 1014 Cases. Radiology 0 0:0
[注5]Guan, Wei-jie et al. Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China. New England Journal of Medicine. February 28, 2020.
[注6]The Novel Coronavirus Pneumonia Emergency Response Epidemiology Team. The Epidemiological Characteristics of an Outbreak of 2019 Novel Coronavirus Diseases (COVID-19) - China, 2020[J]. China CDC Weekly, 2020, 2(8): 113-22.
[日経メディカル2020年3月16日付記事を再構成]※情報は掲載当時のものです。
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