なぜ企業はつまずくのか

第2章は「なぜ企業はDXでつまずくのか?」をテーマにしています。ここで重要なキーワードが出てきます。PoC(Proof of Concept)です。直訳すると「概念実証」。本書では「新しいコンセプトや概念、理論、アイデアを実証するために、試作開発に進む前段階でのデモンストレーション」を指します。

PoCが重要になる理由として、デジタルビジネスのスピードがどんどん加速している点があげられます。システムを変えるたびに完璧な態勢にこだわっていれば、タイミングを逃します。できる範囲から即応して、不備を順次修正していく方が無駄も減るでしょう。

組織が大きくなればなるほど、方向転換が難しくなることも影響します。経営にメリットをもたらす改革であっても、いざ実行となれば反対や不満がでます。小さなチームで試しにやってみて、成果が確認できれば他部署を巻き込む説得材料になります。

 そもそも、基幹システムを改修するような開発は、実際のところ、誰も実施したがりません。もし、成果が上がらなければ、責任を厳しく問われる可能性もある。だからこそ、PoCが重要になります。
  DXのプロジェクトもまさに同じです。いかに小さく、素早く、PoCを実行できるのか。細かな階段を設け、プロトタイピングをして、実際にうまくいった例を積み上げながら、仮説検証のサイクルを回していく。逆にいえば、PoCによって成功することが証明されていることだけを手掛ければ失敗のリスクは劇的に減らせます。既存の情報システム部やITベンダーに対しても、説得力を持って改善の必要性を語れるでしょう。
(2 なぜ企業はDXでつまずくのか? 77ページ)

DX推進でつまずかないためのポイントとして、ほかにも次のようなアドバイスが上げられています。企業の規模や業種にかかわらず、多くのビジネスリーダーの参考になるはずです。

・DXには進めるべきステップがある。短期間でできることから取り組む
・素人の目線で自分たちの事業を再定義する
・「顧客体験」から事業を再定義する。つまり買う側の観点を忘れない

90日間に集中することの意味

DXには時間がかかります。しかし、最初のステップは90日で成果を出すことができるのです。本書で紹介している「90日でできるDX計画戦略マップ」は、著者らが4年前から経営者や事業リーダー向けに実施してきた「事業改善のためのワークショップ」で活用してきたノウハウから生まれました。ここでは、マップのアウトラインをざっくり示します。事業改善のプロセスの進め方についてイメージしていただけることと思います。

マップではまず「中期的なゴール」を掲げます。その事業の目的を明確化するのです。そしてゴールに到達するために「90日間で何をするべきか」を洗い出します。その際のポイントは以下の4つを明確にすることです。

(1)自分たちが使えるアセット(予算・組織・体制・ノウハウなど)を列挙
(2)プロブレム(現在直面している課題)は何かを洗い出す
(3)90日の目標をクリアするための真の課題とアクションプランを明確に示す
(4)(3)を実現するために不足しているアセットを書き出す

こうした事柄を確認したうえで、改めて「自分たちの事業構造」を正しく図式化します。これは他社へ簡潔に説明できることが必須です。マップを完成させるにあたっては会社の抱える「症状」と「問題」を混同しないことが肝要です。

 ピーター・ドラッカーは、このように言っています。「問題にみえる多くは症状であって問題ではない」と。「あなたの会社の問題は何ですか?」と聞かれたとき、症状を答えてしまう人は多いです。「肌がかゆい」のは症状ですが、「虫に刺された」ことが問題なわけです。考えるべきは、虫に刺されないようにするための方法です。
  ただ、実際に問題をいきなり書き出せる人も少ないため、プロブレムの項目に「現在直面している問題事象は何か? 悩まされていることは何か?」とあえて書いているのは、まず症状をここで答えてもらい、それがなぜ起きているのかを考えることで、問題に近づくためです。
(5 90日でできる「DX計画戦略マップ」に挑戦しよう 158~159ページ)

本の冒頭と末尾で、著者は「『デジタルがわからなければDXは実現できない』という前提は疑わしい」と繰り返します。DXという言葉を聞いただけで、圧倒されてしまう必要はないとも言います。事業の成功には「人材育成」「顧客ニーズの把握」「チャネルごとの収益管理」など伝統的な経営手法が重要なことはいうまでもありません。

締めくくりに著者は「DXがあるべき姿にたどり着くためには、何よりも正しい問題を最速で設定することです」と言います。そして「できる限り気軽に試してみる」。その上で「それがうまくいく手応えが得られたら、後はその問題を解決すればいい。DXといって、難しく考えてしまうから失敗して諦めてしまうのです」と勇気づけてくれます。

◆編集者からのひとこと 日本経済新聞出版社・雨宮百子

「面白い人がいるからあってみないか」と、記者の同期に紹介され、須藤さんに会うことになりました。実際にお会いしてみると、昨今なぜDXが注目されているのか、欧米や中国ではどのようなデジタル化戦略が進んでいるのかなどを聞くことができました。

一番興味深かったのは、一見デジタル的なことでも、突き詰めると非常にアナログ的なことが課題になるということです。例えば、全社横断でプロジェクトをすすめがちですが、まずは自分の部署から始められることはたくさんあります。記事を動画にするだけでもいいし、小さな成功事例を積み重ねていくことで、大きなデジタル改善につながります。デジタルの本質も考えさせられる一冊です。

一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の編集者が20~30代のリーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。掲載は原則、隔週土曜日です。

90日で成果をだす DX(デジタルトランスフォーメーション)入門

著者 : 須藤 憲司
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,760円 (税込み)