ストレス・失恋……、「日本に帰らない」と伊仏に一人旅

――「男はつらいよ」が始まる少し前のことですね。どこに行ったんですか。

「憧れていたイタリアとフランス。一人旅なんて生まれて初めての体験だから、松竹に切符を買ってもらい、現地の日本人にお世話になる手配までしてもらいました。でもローマの空港ですぐにトラブルが起きちゃって、迎えに来るはずの日本人がいくら待っても来ないんです。辺りはどんどん暗くなってくるし、空港スタッフには言葉が全然通じない。必死の思いでその日本人の家に電話をかけたら、奥さんが出て『夫が家を出るのが遅れたから、その場で動かずに待っていてください』という返事。ようやくその方が姿を見せた時には、ホッとして涙が止まりませんでした」

20歳代半ば、憧れていたイタリアとフランスに一人旅に出かけた

――随分と心細い思いをしたんですね。フランスではどうでしたか。

「パリでは念願のフランスパンとオレンジを買い、パンをかじりながら街を歩いてみました。楽しかったですよ。色々と珍しい体験もできました。レストランでお客さんがおいしそうな貝を食べていたので、『あれと同じものを』と注文したらカタツムリだと言われてギョッとしたりね……。それまでストレスや疲れがたまっていたので、きっと松竹が私にガス抜きする機会を与えてくれたんだと思います」

「実は出発前に山田さんから『どうせフランスに行くなら、劇作家マルセル・パニョルさんに会い、本にサインをもらって来てよ』と頼まれていたんです。少々、行き違いはあったけど、結局、マルセルさんにも会えて、本にもサインをもらいました。向きを間違えたのでサインが逆さまになっちゃったけど(笑)。それで『本を山田さんに返さなきゃ』と思い返し、なんとか日本に帰国する気持ちになったんです」

山田監督に頼まれたサイン、いい役者になった吉岡秀隆

――「お帰り 寅さん」では息子役の吉岡秀隆さんとも久々に共演しましたね。

「お帰り 寅さん」で(左から倍賞さん、前田さん、後藤久美子さん、吉岡さん、松竹提供)

「ヒデは本当にいい役者になりましたね。撮影初日の時、私が『あー、なんか緊張するなぁ』って言ったら、ヒデが『母さん、大丈夫ですよ』なんて優しく励ましてくれました。渥美ちゃんと一緒で、ヒデとも演技について相談したり、話し合ったりしたことはありません。実の息子みたいに腰などをマッサージしてもらったりしています。いつだったか、ヒデが息子役で共演した『遙かなる山の呼び声』(80年公開、山田洋次監督)を一緒に見て、『私たちって、本当にいい映画に出ていたんだね』なんて感動したこともありました」

――山田監督は「男はつらいよ」は切りが良い50作目まで作りたいと言っていたとか。

「それは私は全然聞いていません。映画のエンドロールで亡くなった方の名が出てきた時『あ、エンドマークなんだ』と思ったけど、不思議に『終わった』という実感がないんです。でも、山田さんに出会って、思いがけず長い間、素晴らしい役をやらせていただいたことには本当に感謝しています。渥美ちゃんも映画をみたら、『よぉ、ご苦労さん』なんて言ってくれるかもしれませんね」

(聞き手は編集委員 小林明)

エンタメ!連載記事一覧