渇く大河メコン川 記録的な水位、希少イルカの運命は

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/3/21
ナショナルジオグラフィック日本版

ラオスのサヤブリ・ダムから約300キロ下流のメコン川。2019年10月28日に撮影。環境保護活動家や、メコン川の多様な生態系に支えられて暮らす住民たちは、河床が干上がっている現状について、激しい抗議の声を上げている(PHOTOGRAPH BY SUCHIWA PANYA, AFP/GETTY IMAGES)

東南アジアのメコン川では、何カ月も前から、漁網にからまりながらふらふらと泳ぐ希少種のイルカ(カワゴンドウ)が目撃されている。彼らの本来の生息地であるカンボジア北部からは遠く離れた場所だ。現在、保護活動家が手遅れになる前に救出しようと計画を練っているが、時間はあまり残されていない。

カンボジアの民話には、イルカが比喩的な役割で登場することがある。衰弱し、方向を見失ったこのイルカは、まさに進むべき道を見失ったメコン川のようだ。イルカの運命と同様に、メコン川もまた大きな岐路に立たされている。地球上でもとりわけ豊かな生態系を支えている大河が、流域全体で縮小する兆しが強まっているのだ。

アジアの6カ国にまたがる全長約4200キロのメコン川に危機が迫っているという声は、何年も前から上がっていた。ダムの建設や魚の乱獲、砂の採掘などに、川が永遠に耐えられるわけではないと、人々は危機を訴えてきた。それでもメコン川は、この川に頼って暮らす6000万以上の人々に、多大な恩恵をもたらし続けてきた。

だが、2019年に事態は悪化し始める。ことの起こりは、5月下旬の雨期に降るはずの雨が降らなかったことだ。一帯を干ばつが襲い、メコン川の水位は過去100年間で最低の水準にまで落ち込んだ。最終的に雨は降ったが、例年のように長くは続かず、干ばつは解消されなかった。

そしてここ数カ月の間に、奇妙なことが起き始めた。北部の一部の地域で、大河であるはずのメコン川が、チョロチョロと流れる小川ほどに細くなってしまったのだ。川の水は不気味な色に変わり、藻の塊が増え始めた。世界最大規模の内陸漁業を支えてきたメコン川の漁獲量は減り、獲れる魚は他の魚の餌にしかならないほどやせ細っていた。

「長い間、多くの人々を支えてきたこの川が、あらゆる点で限界に来ている兆候が見られます」と話すのは、米ネバダ大学リノ校の魚類生物学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)でもあるゼブ・ホーガン氏だ。

数千年にわたって文明を育んできた川に、いったい何が起きているのだろうか。

干ばつ時に中国を流れる水量は全体の半分

チベット高原の氷河に源を発するメコン川は、中国の険しい渓谷を流れ、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアを通り、ベトナムの広大なデルタ地帯に出て、最後は南シナ海に注ぎ込む。

メコンには非常に多くの川が流れ込んでおり、どこか1カ所で起きた変化が、別の場所に多大な影響を及ぼすことがある。知られているだけでも500種以上の魚が生息し、未知の種も数多く存在する。

こうしたメコン川の豊かさは、特定の季節に起こる洪水によるところが大きい。洪水によって魚や水鳥たちにとって理想的なすみかが作られ、農業に必要な養分を含む堆積物が下流へと運ばれる。

ところが、こうした自然の水の増減が、水力発電ダムや気候変動によって大きく妨げられていると専門家は話す。

近年まで、その原因の大半は、メコン川で11基のダムを運用する中国にあった。中国のダムにたまる水の量は454億立方メートルを超えている。現在のような極端な干ばつになると、中国を流れるメコン川の水量は全体の半分にも及び、下流の流れは大きく減ってしまう。

「干ばつが始まると、事実上、中国がメコン川の流れをコントロールすることになります」と話すのは、米国のシンクタンク、スティムソン・センターの東南アジア・プログラムの責任者、ブライアン・アイラー氏だ。

長年にわたり、タイ北部の漁師や農家は、中国がダムに水を貯めたり放流したりするたびに激しく変動する水量への対応を余儀なくされてきた。そうした水量の変化は、魚の移動に害をなす。また、突然水位が上昇すると、農作物や家畜、各種設備を押し流して、地域経済を混乱させる。

状況はさらに深刻さを増している。2020年の始めに、中国が景洪ダムからの放水量を試験的に半減させたところ、川の数カ所で水位が極端に低下。巨大な岩や砂州が露出して、もはやそこが川だとわからない状態になってしまった。

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水清ければ岸が侵される
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