江戸時代の人事異動 殿様も悩んだリストラや引き継ぎ『お殿様の人事異動』

人事異動をめぐる武士たちの悲喜こもごもを描く
人事異動をめぐる武士たちの悲喜こもごもを描く

現代の企業人と同様、江戸時代の武士たちも人事異動に一喜一憂していた。なかでも殿様と家臣・家来が一族郎党を引き連れて引っ越しさせられる「国替え」は巨額の出費と手間のかかる難事業で、資金繰りと人員確保に苦心した例は多い。今回紹介する『お殿様の人事異動』は、いったん命じられると拒否できなかった幕府の人事権をめぐるエピソードを通じて江戸社会を読み解いていく一冊だ。

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安藤優一郎氏

著者の安藤優一郎氏は歴史家で文学博士(早稲田大学)です。1965年に千葉県で生まれました。早稲田大学教育学部卒、同大学院文学研究科博士後期課程満期退学。「JR東日本・大人の休日倶楽部」など生涯学習講座の講師を務めています。『幕末維新 消された歴史』『明治維新 隠された真実』『30の名城から読む日本史』『徳川慶喜と渋沢栄一』ほか多数の著書があります。

拒否できない突然の国替え

豊臣秀吉は天下統一の過程で国替えを積極的に活用しました。その後、関ケ原の戦いを制して天下統一を果たした徳川家康もまた、国替えを政治の道具として積極的に利用しました。

 国替えの命令は突然にやってくる。
 もちろん、例外もあった。幼少の身で姫路など要衝の地の藩主になると、幕府は幼児が城主であるのは軍事上好ましくないとして国替えを命じるのが慣例だったからだ。当の大名側は事前に予測できた。
 しかし、国替えの大半は突然の通告である。現代風にいうと、幕府からの国替えの命令は人事異動の内示にあたり、それに異を唱えることは許されない。異動命令に従いたくなければ退職の道を選ぶしかないが、江戸の大名の場合は改易の運命が待っていた。御取り潰しだ。大名はその地位を失い、大勢の家臣が路頭に迷うことになる。
(第3章 国替えの手続き~司令塔となった江戸藩邸 79ページ)

江戸時代には参勤交代がありました。かなりの費用がかかる事業で、諸大名を経済的に疲弊させる幕府側の意図もあったようです。国替えは殿様を始め家臣全部が家族や家来ともども引っ越すわけですから、その経済的、物理的負担の重さは参勤交代の比ではありません。著者は国替えを巡る武士たちの悲喜こもごもを、興味深いエピソードとともに活写しています。国替えを捉えるときに現代の企業社会と比較する視点を取り入れたのが本書の特徴です。「リストラ」「引き継ぎ」「資金調達」といったキーワードに、身のつまされる思いを持つビジネスパーソンもいるのではないでしょうか。

大岡越前守の栄転の裏側

本書は人事異動に直面した武士個人の行動や感情にも注目しています。教科書や歴史小説でおなじみの人物を4人取り上げて、人事異動の裏側を紹介しました。松平定信、水野忠邦、大岡忠相、長谷川平蔵です。

「大岡裁き」で知られる江戸時代の名奉行、大岡越前守忠相。公正な裁判に取り組んだことで知られるほか、物価の安定や町火消(ひけし)の結成、小石川養生所の設立などの功績で庶民にも愛された役人です。彼は1717年に町奉行に就任します。40代での登用は当時としては異例と言える若さです。そのポストを約20年間勤めたあと、今度は寺社奉行へと栄転しました。相当の大出世といえる異動です。

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