入院中、「耳は聞こえるだろう」と同じ塾に通っていたクラスの仲間が塾の講義を録音し、持ってきてくれたこともありました。耳だけで聞いても、テキストがないと内容の理解は容易ではありません。録音テープは役にたちませんでしたが、その気持ちはうれしかったですね。

「自分たちで自発的に感じ取らなければいけない。桐朋では、その必要性をそれとなく教えられた」と振り返る

幸い大学は現役で合格できました。見舞いに来てくれた仲間の何人かは浪人したので、本当に申し訳なく思います。東大に進んだのは宇宙工学をやりたいと思ったからです。その当時、「宇宙」を掲げれば学生が集まるせいか、機械工学でも電気工学でもやたらと学科に宇宙という文字が入っていました。

もともとものづくりが好きでしたが、高校時代の同好の士の仲間と情報交換も重ねながら、どうやら自分がやりたいのは宇宙工学ではないかと思い、宇宙工学がある東大にしたのです。京大にもあったのですが、難しそうだと思い、東大を受験しました。

桐朋の先生は、直接教え込む感じがしなかった。

高校時代の担任の先生に限らず、桐朋の先生方全般にいえるのは、いい意味でいい加減さを持ち合わせている点ではないかと思っています。大人とはこうあるべきだ、というだけでなく、ちゃんと弱さもある、と。それらをトータルで生徒と向き合ってくれていたのではないかと思います。

「君たち、そうじゃない」「こうすべきだよ」。中学のときの先生はエネルギッシュに教え込むような感じでしたが、桐朋の先生方はおよそ違う。直接は教えてくれず、教わり方が間接的になった分、自分たちで自発的に感じ取らなければいけない。その必要性をそれとなく教えられ、自分なりに学びとったのではないでしょうか。

私が今、手がけている「はやぶさ2」のプロジェクトにもその学びは生きている気がします。リーダーがあれこれ指示するだけでは、うまくはいきません。プロジェクトメンバー一人ひとりが自発的に動いてこそ、全体の組織だった動きへとつながるのだと私は確信しています。

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