英国修道院に48体の遺骨 14世紀ペスト大流行の悲劇
1348年、英国のロンドン市民は、欧州の大陸側を恐怖の眼差しで見ていた。黒死病(ペスト)がパニックと死をまき散らしていたからだ。あるイタリアでの報告によれば、「妻は親愛なる夫の、父は息子の、兄は弟の抱擁から逃げた」という。「感染者を埋めたり、運んだり、見たり、触ったりした人が、突然死んでしまうということが頻繁に起きた」とも記されている。
現在、世界各国の検疫当局が、新型コロナウイルスの拡散に対峙している。これと同様に、700年近く前のロンドンでもペストに対する備えを行っていた。史料によると、街が緊急の墓地用に土地を貸し出し、死者を大量に埋葬するための長い溝を掘ったという。
一方、地方の町はペストに不意に襲われたようだ。ロンドンの北240キロほどに位置する現在のリンカンシャー州では、伝統的な教区の墓地から1.6キロ離れたソーントン修道院の敷地に、数十人の犠牲者がまとめて埋葬されていたことがわかった。数年前に発掘されていたこの墓地の分析結果は、2020年2月18日付けで学術誌「Antiquity」に発表された。
ペストがこの地方全域で猛威を振るい、リンカンシャー州の感染者はソーントン修道院の病院に押し寄せたとみられる。彼らは、そこで「安らかな死」を迎えたいと願った。すなわち、死を前に最後にキリスト教の儀式を受け、神聖なる地に葬られ、死後の世界に安らかに旅立つことを望んだのだ。
「彼らは、おそらく死ぬために(修道院の病院へ)来たのでしょう」と、今回の研究を行った英シェフィールド大学の考古学者ヒュー・ウィルモット氏は話す。「病が良くなることよりも、埋葬されることの方が重要だったのです」
ペストで命を落とした48人の遺骨
ウィルモット氏らの研究チームがソーントン修道院の跡地で発見したのは、この地域で1348年に流行したペストの予想外の痕跡だった。48人の遺体が葬られた集団墓地だ。全員が、数日から数週間以内にまとまって埋葬されたとみられる。
イングランドでは1349年末までに人口の半分が犠牲となり、ユーラシア大陸全体での死者は2億人にのぼるとも推定される。だが、この大流行に関連する遺跡は、驚くほど少ない。
ペストの集団墓地はイングランドでもごくわずかしか見つかっておらず、地方で見つかったのはソーントン修道院の墓地が唯一であると、ウィルモット氏は語る。地方には空き地が豊富にあり、個別に埋葬できたと考えられるためだ。ソーントン修道院からわかることは、他にもある。「死者を弔う通常のシステムが崩壊していたことは、明らかです」とウィルモット氏は話す。
ソーントン修道院はヘンリー8世により1539年に閉鎖された。その跡地にある砂礫(されき)の丘の発掘が行われたのは2013年だった。発掘前の調査では建造物の遺構が見つかると推定されていたが、実際に見つかったのは48体の遺骨だった。体は布に包まれた形跡があり、腕は腰の位置で交差し、体の前に置かれていた。埋葬品はなかったが、2体の骨の放射性炭素による年代測定と、共に見つかった2枚の1ペニー銀貨から、ペストが大流行した時期の集団墓地だと判明した。
墓内に眠っていた死者の推定年齢から被害の様相が見て取れると、ウィルモット氏は言う。埋葬者の半数以上が17歳未満の子どもだった。当時、乳児の死亡率は高かったものの、それを過ぎれば大人まで高確率で成長できたことを考慮すると、異常に高い数字だ。
「私たちが得たのは壊滅的な被害における死亡率の数字です。基本的にはあらゆる人が同じように犠牲になりました」とウィルモット氏は語る。
この地域の教区の墓地は、現在も使われている。だが、ソーントン修道院からわずか1.6キロの所に位置していたこの墓地は、14世紀のペスト大流行時には、犠牲者で溢れかえっていたのかもしれない。
「これらの遺体は、教会の墓地が満杯になったため、修道院の敷地に埋葬されたのではないかと、私は考えています。通常の埋葬要件を無視して墓地の共同の墓穴に遺体を詰め込むのではなく、修道院の防壁の内側にある土地を利用したのです」と、ペストに関する3冊の著作がある英ケンブリッジ大学の歴史学者ジョン・ハッチャー氏は話す。同氏は今回の研究には関わっていない。
見つかったペスト菌のDNA
埋葬されていた2人の子どもの歯からはペスト菌が見つかり、そのうちの1人からはペスト菌のDNAも採取できた。
「ソーントン修道院の埋葬者からペストのDNAを採取できたのは、重大な成果です。特に、イングランド北部では初めてのことですから」と英ロンドン考古学博物館(MOLA)の上席人骨学者ドン・ウォーカー氏は話す。MOLAは2013年、ロンドンで新しい地下鉄の建設中に、1348~49年に大流行したペストの集団墓地を発掘している。
同氏は今回の研究を次のように評価する。「このペスト菌のDNAをさらに分析すれば、流行期とそれ以降のヨーロッパにおけるペストの進化や拡散に関する近年の研究が、間違いなく大きく進展するでしょう」
、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年2月26日付]
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