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本の帯にレコメンドを寄せることもあります。自分が役を演じた舞台の原作や戯曲だったりすると、映画の感想よりも気が楽というか、インタビューでしゃべったことを基にできたりするので書きやすいですね。例えば、こんなふうに。

人はどうやって前に進んでゆくのかというヒント、素晴らしい言葉がたくさん詰まった物語だと思います。
――『十二番目の天使』(オグ・マンディーノ著)

こんなに切ない役に今後出会えるだろうか。
――『アルカディア』(トム・ストッパード著)

カウンターテナーのオペラ歌手、藤木大地君からは、CDアルバムのライナーノーツを頼まれたことがあります。彼とは東京藝術大学時代の同級生です。ライナーノーツなんて書いたことないよ、と言ったのですが、送られてきたアルバムを聴いたら、本当に素晴らしかった。じゃあ、引き受けようとなって、でも何を書けばいいのか。2人のつながりとかでいいんだよ、と言われたので、大学時代の話から書きました。ただ、普通に友人だから、彼の歌が素晴らしいのは本当だけど、ほめまくるのも照れくさい。かといって、学生時代の暴露話なんかは書けないし(笑)。レコメンドする相手との距離感が難しいなと思いました。だけどそこで、相手が自分にとってどんな人なのか、どう思っているのかを、あらためて考えてみる、いい機会になりました。

レコメンドを考えるのは、自分の考えを簡潔に伝える訓練にもなります。自分の楽しみで見たり聴いたりするときは、会話で感想を言ったりはしても、簡潔に要点をまとめて、バランスを考えてしゃべるということはしませんよね。でも人に薦めるときには、どこに感動したかとか、どう言うと伝わるかとか、すごく考えます。僕は、生でコメントしたり、ラジオでしゃべったりする機会も多いので、なにか役に立つと思っています。

「思い」を伝えたいという気持ち

そんなふうに、自分が本当にいいと感じたもの、伝えたいと思ったものはレコメンドをお引き受けします。ただ、自分の思いとあまりに違っていたり、僕の名前でお薦めするのは難しいかなと思うときは、心苦しいですが、依頼をお断りするときがあります。

僕自身のことを考えても、吉本ばななさんやジェーン・スーさんといった好きな作家さんやクリエーターの方が推薦していると、それだけで買ったり見たりすることがあります。だから逆に、自分がレコメンドするときは責任が重大です。

一生懸命つくったものを、どうやってたくさんの人に見てもらうかという苦労は、自分もいつも感じていること。「思い」を伝えたいという気持ちが、すべての始まりだと思うので、その原点を大切に、僕にできる限りのことはしていきたいですね。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第64回は3月21日(土)の予定です。


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