「産後うつ」ひとり悩まない 休業明けには医師と話す
産業医・精神科専門医 植田尚樹氏
出産後も働き続ける女性が当たり前になったいま、妊産婦のメンタルヘルスケアが大きな問題となっています。特に出産後の母親については、ホルモンバランスの乱れや、育児のストレスなどから、気分が沈みがちになったり、食欲不振や不眠に悩まされたり、メンタルヘルス不調を訴えることがあります。これがいわゆる「産後うつ」で、母親の10人に1人がなるとされていて、誰もがなりうる病気なのです。
出産直後1週間ほどで起こる一過的な「マタニティーブルー」とは異なり、産後1カ月ほどで発症、なかには数カ月後に症状が生じ、育児休業を終えて復職した後も症状が続く場合があります。
出版関係の会社に勤める30歳代女性の事例です。
育児休業から復職して1カ月ほどがすぎても、体調がすぐれないことから、勤務先の産業医の面談を受けました。詳しい症状を聞くと、朝は起きるのがつらく、夜はなかなか寝つけないといいます。さらに、ほかの人の視線が怖いと感じるといい、いつもマスクが手放せないということでした。専門医の診察が必要と考え、心療内科を紹介したところ、適応障害と診断されました。薬の処方に加えてカウンセリングにより、以前のような症状はみられなくなり、現在は元気に働いています。
政府も「産後ケア」を重視
育児をめぐり母親が受けるストレスは相当なものです。日々の子供の世話に追われ、「母親かくあるべし」というモデルにとらわれて、罪悪感にさいなまれたり、周囲に救いの手を求めることを躊躇(ちゅうちょ)してしまったり――。追い詰められた状況が続くと、児童虐待や自殺に至る場合もあります。国立成育医療研究センターなどが2018年に発表した調査結果によると、日本の妊産婦の死亡原因で最も多かったのが自殺だったといいます。
こうしたことから政府も、妊産婦のメンタルヘルスケアを重視。心身のケアや育児相談を行う「産後ケア事業」の実施を市町村の努力義務とした改正母子保健法が2019年11月、参議院本会議で可決、成立しました。
産後うつの症状は一般的なうつと比べて、際だった違いはありません。原因ははっきりとわかっていません。肉体的、精神的、両方の原因によって引き起こされると考えられています。出産にともなうホルモン分泌の変化が、気分の浮き沈みに影響を与えていると考えられるほか、出産による体力の消耗、昼夜を問わない新生児の世話などによる、睡眠不足や疲労の蓄積も原因のひとつと考えられます。
産後うつになっていると自分では分からない人もいるかもしれません。もしも、産後うつを疑わせる症状があった場合は、夫や家族など、周囲が本人に専門医の受診を勧めることが望ましいでしょう。産後うつのリスク度の簡易判定には自己記入式の「エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)」などが使われています。
「子供と一緒にいるとつらくなる」
IT企業に勤める30歳代女性の事例です。
第1子を出産、1年間の育児休業を経て復職を目前に控えていました。しかし、産後10カ月後くらいから、体調不良や気分の落ち込みを訴えることから、夫が勤務先の産業医に相談しました。よく話を聞くと、何もする気がせず、子供と一緒にいるとつらくなり、生きているのが嫌になることがある――というのです。産後うつの可能性もあることから、専門医を紹介、会社に対して休業の延長を進言しました。治療の結果、2カ月後には、うつ状態は回復。現在は復職して元気に出社しています。
育児休業後の復職では、1年ぶりの職場とあって、うまく適応できるか不安に感じる人も少なくないでしょう。新しい職場ともなればなおさらです。育児休業の終了後、保育園への送迎などのための「時短勤務」もありますが、「職場にさらに負担をかける」と負い目を感じたり、育児と仕事を両立させることにストレスを感じたりする人もいることと思います。
復職時に医師の面談を
まず職場では、育児休業からの復職者を温かく迎えてあげることが必要です。何か不安を感じているようだったり、感情が不安定気味だったり、仕事がなかなかはかどらなかったりするようであれば、産後うつを疑ってください。その際は、よく話を聞いた上で、産業医などに相談するといいでしょう。
企業によっては、育児休業から復職した社員に、必ず産業医との面談を設けているところもあります。普通の休職と同じ「復職後面談」という位置づけです。環境や生活の大きな変化に配慮したもので、こうした取り組みが広がってほしいものです。
1989年日本大学医学部卒、同精神科入局。96年同大大学院にて博士号取得(精神医学)。2001年茗荷谷駅前医院開業。06年駿河台日大病院・日大医学部精神科兼任講師。11年お茶の水女子大学非常勤講師。12年植田産業医労働衛生コンサルタント事務所開設。15年みんなの健康管理室合同会社代表社員。精神保健指定医。精神科専門医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。
※紹介した事例は個人が特定できないように一部を変更しています。
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