日本一うまいビールを飲む! 「注ぎ方」で広がる世界
店で扱う主力ビールは2種の樽(たる)生。それを、注ぎ方を変えるだけで、バリエーション豊かな味わいで提供する店がある。2019年7月にオープンした東京・日本橋のビアバー「ブルヴァール・トーキョー」だ。
同店を経営するビアブルヴァード社長の佐藤裕介さんは、「サトウ注ぎ」という樽生アサヒスーパードライの、独自の注ぎ方を編み出したビール注ぎ名人だ。これまでも、13年に「ブラッセリ―・ビアブルヴァード」、15年に「ピルゼンアレイ」を出店。「サトウ注ぎ」をはじめ、注ぎ方が異なるスーパードライで客を楽しませてきた。
新しい店ではさらにチェコのビール、ピルスナーウルケルも注ぎ方違いで提供する。1842年生まれの同ビールは、日本で造られるビールのほとんどを占める黄金色の淡色ビール、ピルスナー(下面発酵ビールの一種)の元祖である。
日本で「おいしいビールの注ぎ方」として一般的に知られるのは、「シャープ注ぎ」だ。各メーカーが推奨する注ぎ方で、最初に液体だけ注ぎ入れ、その上にサーバーの泡付け機能を使い、きめ細かでクリーミーな泡をのせる。液体7、泡3がベストとされる割合で、ビールの液中に溶けている炭酸ガスがほぼ逃げないため、炭酸を強く感じる注ぎ方だ。
「これが好きなお客様もいらっしゃいますが、『シャープ注ぎ』だと、最初に液体が口に入らずそれが苦手な方もいる。炭酸が強いのでおなかも張りやすい。でも、注ぎ方を変えれば、炭酸をうまく抜きおなかの張らないビールが提供できる。味わいも異なり、自分はどんなビールが好きかをお客様が発見できるんです。それに、喉の渇きをいやしたいときと、2軒目、3軒目に飲みたいビールは違ったりするでしょう。注ぎ方違いでお客様に合ったビールを提供することで、本当のビールのおいしさを知っていただきたかった」と佐藤さんは話す。
同店では、「シャープ注ぎ」のほか、2つの注ぎ方でスーパードライを提供する。1つはもちろん「サトウ注ぎ」。適度にビールの炭酸ガスを抜きながら一度に注ぎ上げる。泡はふんわり、スーパードライのドライな刺激も残す一方で、炭酸の陰に隠れたムギの味わいもしっかり捉える。
もう一つは、「マツオ注ぎ」。これは、東京・新橋のビアホール「ビアライゼ'98」のオーナーで、注ぎの名手として知られる松尾光平さん伝授の注ぎ方だ。時間をかけ炭酸ガスをじっくり抜く2度注ぎが特徴で、ビールの味わいをとてもよく感じるようになるという。「大学4年のときから新橋にあるビアバーで働き始め、近隣に店を構える松尾さんに、仕事への姿勢を教わりました」と佐藤さんは振り返る。
実は、佐藤さんが当時働いていたビアバーには別のビールの「師匠」もいた。アサヒビール系列のビアホールの名物店長だった人物だ。彼の注ぎ方は「マイルド注ぎ」。まず、液体をグラスの底に垂直に注ぎ、液が底にぶつかる衝撃で泡立てる。その横からすべらすように液体を入れ、泡を持ち上げる注ぎ方だ。泡はもこもこふんわり、少しだけ炭酸ガスが抜けるという。
大学は工学部でモノの仕組みに関心があった佐藤さんは、松尾さんや「師匠」の注ぐビールを飲み、「なぜ注ぎ方でこんなに味わいが変わるのか」と興味を引かれるようになった。彼のビール注ぎに対するこだわりの原点だ。
「マイルド注ぎは、ビールサーバーに泡付け機能がない時代に、ビール会社が編み出した注ぎのテクニックなんです。技術が必要なので、『シャープ注ぎ』ができるサーバーが登場すると消えてしまった。今のビールは、ほとんどどの店も同じ注ぎ方でお客様も違う飲み方を知らない。もったいないですよね」と言う。
では、「サトウ注ぎ」はどのように生まれたのか。
きっかけは2007年のこと。先のビアバーを経営していた会社の新店「新橋ドライドッグ」の店長に佐藤さんが抜てきされたことだった。店長になるに当たり彼は、1カ月ほど一人で英国、ベルギー、ドイツなど欧州6カ国を巡る研修旅行に出た。各地のビール文化を学び、吸収する中、最後に訪れたのがチェコ。ピルスナーウルケルを生んだ国だったからだ。
ピルスナーウルケルは、「ハラディンカ」と呼ばれる注ぎ方がスタンダードとなる。最初に泡を入れ、その下に液体を入れる。泡の層は指三本分の厚さだ。「(現地の人が)うまく炭酸ガスを抜きながら注いでいるのがすごくかっこよかった」と佐藤さんは、ハラディンカに強い印象を受けた。チェコではこのビールを、0.5リットルグラスで5杯、10杯と飲み続ける。
「ピルスナーウルケルには、甘みもありますが、苦みの値もスーパードライの倍ぐらいある。でも、ハラディンカという注ぎ方は、甘みが苦みをコーティングするので、あまり苦く感じません。炭酸もほどよく抜いているので、味わいはリッチだけど飲み続けられるんです。アルコール度も4.4%と低いですしね」。そう聞くと、チェコは1人当たりのビール消費量が26年連続世界一の国(18年までの消費量、19年12月24日「キリンビール大学」リポートより)であるというのもうなずける。
「サトウ注ぎ」は、このハラディンカにヒントを得て、スーパードライが最大限においしくなるよう研究した末に生まれた注ぎ方なのだ。
2018年には現地で研修を受け、日本で初めて「タップスター」と呼ばれるピルスナーウルケルの伝道師の称号も手にした。「チェコでは、醸造家はビールを造るけれど、完成させるのは注ぎ手という考え方があります。同地のいくつかの店でも研修しましたが、みなビールを注ぐ技術がしっかりしているという印象でしたね」(佐藤さん)
ちなみに、チェコには、ハラディンカ以外にも、シュニット、ミルコといった注ぎ方がある。シュニットは泡たっぷりでビールは少なめ、ミルコはほぼ泡だけでビールの泡のクリーミーな感覚を楽しむものだ。「シュニットはアロマなどビールの魅力を感じやすく、小さめのグラスで飲むのでテイスティングに適しています。だから、バーテンダーがビールの味わいをチェックする際は、この飲み方をします」
佐藤さんが修業したチェコの店では、約3割のオーダーはシュニットだったらしく、"通"の飲み方と言っていいだろう。一方、「泡だけなんてビールじゃない」と思われそうなミルコは、デザートと合わせたり、口休めや、シメとして楽しんだりといった飲み方をされているという。なるほど、注ぎ方の違いで、ビールを飲む場面も、大きく広がるのが分かる。
さて、チェコビールを2本柱の一つとした「ブルヴァール・トーキョー」のメニューには、同国のビアバーでポピュラーな料理を多くラインアップする。出色が、現地でも人気の「ウトペネッツ」だ。ソーセージの酢漬けだが、なんと料理名は「水死体」という意味。酢に漬けたソーセージの様子が、水死体に似ているというのが由来らしい。
「ハイディランカも、『静かな湖の表面』というような意味なんです。チェコってそうしたユニークな表現の文化があるんですよ」と佐藤さんは笑う。ちなみに、ピルスナーウルケルには酸味がある料理が合うと、チェコのビールのつまみは酸味が効いたものが多い。だから、同店ではポテトサラダもキュウリのピクルスを混ぜこんだ「チェコ風味」だ。
「日本の若者がビールを飲まなくなっているというけれど、それはビールのおいしさが伝わっていないせいがあると思う」と佐藤さんは危機感を持つ。本当の魅力を伝えるため、佐藤さんは、今日もサーバーの前に立つのだ。
(フリーライター メレンダ千春)
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