「目」の変遷たどればAIわかる 何でも歴史の題材に
役に立つ歴史(前編)
「ビリギャル」の本の冒頭には、私が歴史を知らなさすぎて恩師である坪田信貴先生がずっこける場面がでてくる。「聖徳太子」を「せいとくたこ」と読み、しかも太った女の子だと思ってたんだから、そりゃたいていの人はびっくりする。「死んだサムライの話をいまさら知ってなにが面白いんだろう」ってそのころの私は心底疑問に思っていた。でも今回お会いした、国際日本文化研究センターの磯田道史准教授は、なんだかものすごく楽しそうに「歴史家」をしているの。歴史ってなんだろう? 歴史ってどうして大切なんだろう? 磯田先生にぶつけてみたよ。
――きょうはよろしくおねがいします!(あれ? 磯田先生あんまり笑顔じゃないな、どうしたのかな)
「すみません、普段はちゃんと笑顔なんですけど。きょうの対談場所の東京・大手町が苦手なんです。大学出て大きな会社に勤めている人ばかりがいそうな街って居心地悪くて」
――なにその理由!(笑)。でも先生だって有名な大学院を出てるし、私からしたら超エリートですよ!!
「僕は別に大学にいきたかったわけではなくて、図書館を使いたかったから大学に行っただけなんですよ」
――図書館? 先生は本を読むのが好きなんですか??
「そう。大学の図書館でとにかく本をかたっぱしから読もうと思って。ところがね、京都府立大学に入ったのだけど、大学の図書館の歴史の本は読み切っちゃった。それで、京都大学の図書館を訪ねたら、京大関係者じゃないと書庫に入れないって言われた。18歳で入学した学校の違いで読める本が制限されるなんて困ると思って、図書館が開架式で、自分が師事したいと思っていた速水融先生がいた慶応大に入り直したんです」
――え、図書館の歴史の本を全部読んだってどういうこと? 私一冊の本読むのにめっちゃ時間かかるんだけど、それを「読み切っちゃったから別のところ行きたい」って言ってる人がいるってことに今驚いてる。本を読むことと歴史を学ぶこと、なにか関係あるんですか?
「関係あるんです! 例えばね。慶応大に移った後、携帯電話に関する書籍を全部読みました。きっかけは、平成になったばかりのころなのに、慶応大の同級生が巨大な携帯電話を持っていたことでした。もうびっくりして、それで携帯電話が気になって、まず通信白書を読んだ。そうしたら、10年たたないうちに日本人の大半が携帯電話を持つようになるらしい。じゃあ、携帯電話を全員が持つとどんな世界になるのかが気になるから、アルビン・トフラーなどの未来学の本を山積みにして読んだ」
「次に、人類は紀元前から新しい技術の登場と向き合ってきたわけだから、そういうときに社会がどう変化したかを知りたくなった。それで、農業の誕生で世の中がどう変わったかを研究しました。こうやって過去に遡って調べる。こんな具合にとにかく自分が知らないものや、遠くの時間、空間で起きていることを知るのが好きなんです。私が図書館にこだわるのは、そういうわけなんです」
「これを飲まず食わずでやっていて過労で倒れ、大学図書館に救急車がきてしまった」
――飲まず食わずで本読みすぎて倒れて緊急搬送されるってもうそれコントじゃないですか(笑)。磯田先生が読む本って、わたしたちが想像する「歴史」に関するものだけじゃないんですね。でも過去に人類社会がどう技術革新で変わったかを調べるのも、確かに言われてみたら「歴史」だね。
「でしょ? でも、僕は自分が歴史をやっているつもりはないんですよ」
――なんと。そうなんですか。じゃあなにをやってるつもりなんですか?
「一応、職業をきかれたら歴史家と答えます。でも、僕の中では、磯田道史という人間をやっているという感覚しかないんです。時間空間を飛びこえて何かを知りたいと思って素直に行動していると、結果的に歴史をさかのぼっていくことになる。歴史をさかのぼって、これまでどうしてきたかを知り、そのうえで、これからどうなるかを考える。それがどうやら、世の中では『歴史』と呼ばれているらしいんです」
――磯田道史という人間をやっている? めっちゃかっこいい。そういえばビリギャルの著者坪田先生も「過去のことなんてどうでもよくない? 今が楽しければ!!」って言い張る私に、「さやかちゃんね、現代のあらゆる物事を本当の意味で理解するためには、過去のことを知らないとだめなんだよ。過去を知ることは、今を知ることにつながっているんだよ」って昔言ってた。そして現在のことだけじゃなくて、未来を予測するためにも、歴史は必要なんですね。
「そう、未来をみるために、歴史を参照しているということかな」
――ってことは、やっぱり歴史はめちゃめちゃ役に立っちゃうんですね? テストのためにするただの暗記なんかじゃない。
「役に立ちます! 2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんは、京大工学部時代にお寺の発掘をしていたくらい考古学が好きな方です。ノーベル賞を受賞したとき開口一番こうおっしゃっていました。『未来は現在からはわからない。歴史からじゃないとわからない』って」
「吉野さんは、歴史が好きで過去にさかのぼって調べるわけです。まだ道具がないところから、いろいろな道具が誕生する過程を研究しつづけた。だからこそ、リチウムイオン2次電池という、これまで世の中に存在しなかった道具を発明できたんじゃないかと僕は思うんです」
――新しいものを作り出すときですら、歴史が活躍してるんだ! なんか逆説的だけど今ならめっちゃ納得。もしかして、その考え方がいろんな分野で使えるんじゃない?
「そう! 目標を達成するために、過去をさかのぼって戦略を考える。過去の失敗に学ぶこともあるし、過去には使えなかった道具が新しく登場しているから違う戦略を立てようということも考えられる。つまり、歴史を知っていたほうが、間違いをできるだけ少なくできると思うんです」
――どんな時代でも、人を引き付ける人には共通点があっただろうし、戦国時代で強かった武将がどういう戦法で戦っていたかっていうのと、今でいう組織マネジメントっていうのにもきっと共通するものがあるだろうし、確かに過去に学べる人って生きていくうえで超有利になれちゃうんですね。でも私は磯田先生ほどそんなにたくさん本読めないし、読んでも忘れちゃいそうで歴史をちゃんと今に生かせるか不安。
「読んで忘れた状態を僕は教養って呼んでいるんです。あらゆる本を読んで、過去をさかのぼって、世間的にいう歴史を勉強しておくと、何が起きてもどんな話になっても楽しめます」
「1点だけ押さえておきたいのは、歴史とは因果関係の解明であるという点です。わたしたちの生活の中で直面する様々なできごとは、原因があって結果があるわけです。その因果関係を探して、5W1H(what, why, when, where,which, how)を明らかにする。これが歴史」
「歴史の題材はなんでもよくて、例えば、目でもいい。目を最初にもった生物はカンブリア紀の三葉虫なんですけどね。目を持つってものすごいことだった。圧倒的に強者になれるわけですよ」
――先生は網羅している分野の幅がホントにすごい。カンブリア紀の三葉虫から始まったのが目の歴史ですね?
「そう。というのも、人工知能(AI)時代が到来して、東京大学の松尾豊教授によると、そろそろカンブリア爆発みたいなことが機械の世界でおきているっていうわけ。AIが目を持ち始めているから。だから目の登場って生物に何をもたらしたのかを知りたくて、さかのぼって調べたくなるんです。だって、機械が目をもったら、世の中は変わりますよね。倫理的な問題があるから規制するかとか、いろんな議論がこれから起きるはずで、僕は世界中の論文を読みたくて仕方ないんだけど、残念ながら時間が足りないなあ」
――なるほどそうやって読みたい本を見つけていくんですね、面白い!! たしかにそれじゃあ時間は足りないですね、圧倒的に。また倒れちゃいそう。先生、奥様にもこんな話をするんですか。
「一方的に話しています。っていうか、僕、結婚には時間がかかりまして、お見合いを数十回したくらいなんです」
――もしかして、恋愛の本も読んだんですか。
「結婚までに至る過程が書いてある本はたくさん読んでみましたよ。面白いから古今東西のものを読んだんですけど、恋愛だけは歴史を勉強してもうまくいかなかったですねえ」
1970年岡山市生まれ。歴史家。国際日本文化研究センター准教授。
慶応義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学助教授、静岡文化芸術大学教授を経て2016年より現職。主な著書に「歴史とは靴である」(講談社) 「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」(新潮新書) 「天災から日本史を読みなおす」(中公新書)など。
1988年生まれ。「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」(坪田信貴著、KADOKAWA)の主人公であるビリギャル本人。中学時代は素行不良で何度も停学になり学校の校長に「人間のクズ」と呼ばれ、高2の夏には小学4年レベルの学力だった。塾講師・坪田信貴氏と出会って1年半で偏差値を40上げ、慶応義塾大学に現役で合格。現在は講演、学生や親向けのイベントやセミナーの企画運営などで活動中。2019年3月に初の著書「キラッキラの君になるために ビリギャル真実の物語」(マガジンハウス)を出版。19年4月からは聖心女子大学大学院で教育学を研究している。
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