エスプリの利いたおしゃれ+英国上流階級のたしなみ

さて、本題に戻って。絹シャツにブラック・タイを結ぶというようなジェームズ・ボンドの着こなしは、うるさ型の英国人からすれば少しヨーロッパ的です。これも一例ですが、トロピカルの生地が好きなのもジェームズ・ボンドならでは。英国人は夏でもトロピカルを着る人はまれであります。

ただし、ジェームズ・ボンドのスーツはたいていの場合、スリーピース・スーツ。これは、英国人にふさわしいものです。

まだまだ特徴的な着こなしがあります。ひもを結ぶ靴は好まず、スリップ・オン式の靴が多い。同様に便利なものとして、黒のシルク・ニット・タイもよく登場します。イアン・フレミング自身が英国海軍の情報部に所属していたことがあるため、他国に出張する場合、黒のニット・タイが便利であることを知っていたからです。

ジェームズ・ボンドの服装をひととおり眺めてみると、あたかも作者であるイアン・フレミングの分身のような存在であったかに思われます。中流出身ゆえに、決して荒唐無稽ではないけれども、自由で個性的な、気取ったアイテムを身につける。一方、時と場合によっては保守的な英国貴族の装いもする。ジェームズ・ボンドの場合、こんなときには、きっと多少の「機密費」も使えたことでしょう。

ジェームズ・ボンドの服装が面白いのも、実はこの点にあるのです。中流階級ではありながら、大陸的でエスプリの利いたおしゃれや、英国上流階級のたしなみをなぞるという、少し背伸びをしたファッションであるということ。その「遊び」が魅力的なのです。

「007 慰めの報酬」プレミアでのダニエル・クレイグ。英国出身のクレイグがボンドを演じる2作目 =ロイター

英国生まれのダニエル・クレイグは古典のスーツがお好きのようで、ひと安心です。ただ、それだけではひと味足りない。トレンドを巧みに取り入れたマイケル・フィッシュに倣うわけではありませんが、ダニエル・クレイグのファッションも、伝統をはみ出すような「遊び」が加われば、もっと面白くなるでしょうね。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

SUITS OF THE YEAR 2021

アフターコロナを見据え、チャレンジ精神に富んだ7人を表彰。情熱と創意工夫、明るく前向きに物事に取り組む姿勢が、スーツスタイルを一層引き立てる。

>> 詳細はこちら

SUITS OF THE YEAR 2021
Watch Special 2021
SPIRE
SUITS OF THE YEAR 2021
Watch Special 2021
Instagram