視線は高く 仕事のスキルは人格の後からついてくる大和証券グループ本社 社長 中田誠司氏(下)

――これまでの仕事で最もつらかったことはなんですか。

「経営企画を担当していた2008年夏、大和証券は国内の不動産ファンド運営会社への出資を準備しており、その責任者を任されていました。証券業務の一本足打法では将来、会社の成長が厳しくなるとの思いからでした。取引銀行との買収資金の借り入れ交渉も完了。出資まであと一息、というところでリーマン・ショックが起きました」

「世界同時不況で当社も厳しい状況に陥りました。社内で議論した末、出資は諦めることにしました。先方のトップにおわびに行ったところ、向こうはすでに覚悟されていたのか、淡々と『いつかこういう日が来ると思っていました』と言いました。私は大変申し訳なくなり、頭を下げながら、目には自然と涙が浮かんできました。仕事で泣いたのはあれきりです」

挑戦は大切。しかし、踏みとどまるのもトップの仕事

「後にこのファンド運営会社は破綻しました。精神的にもつらい案件でした。確かに挑戦は大切ですが、途中で踏みとどまらないと大きな痛手を負うこともあります。そういう事態に直面した際、決断するのが社長である私の仕事だと今は思います。リーダーの役割の重みを知る機会にもなりました」

――働き方改革に早くから取り組みました。なぜですか。

「かつて証券マンといえば、深夜に帰宅し、早朝に出社するのが普通でした。私が若い頃もよく上司の指示で夜遅くまで会社に残らされ、いつも無駄だと思っていました。人間が1日のうち集中できる時間は限られています。朝8時に出社して、夜7時に会社を出るまでずっと集中しているというのは不可能です。だったら工夫し、なるべく早く仕事を終わらせる。早く帰宅し、ゆっくり休んだり、趣味や自己研さんに費やしたりすれば、翌日の仕事の効率も上がります」

「2007年に始めた『19時前退社』はすっかり定着しました。もともとは女性が子育てしながらでも働きやすい環境づくりが狙いでしたが、男女問わず仕事の効率を上げることにつながりました。私が社長に就いてから、役員会など午前中に開く会議は開始時間を30分ずつ遅らせました。出席者の予定が合いやすい朝に会議を開くことが増えて、準備をする社員の負担が大きくなっていたためです」

大学生時代は競技スキーにのめり込み、毎年12月から3月ごろまで、長野県のスキー場で合宿してひたすら練習していた。スキーは役員になっても続けたが、2010年にやめた。09年12月に三井住友フィナンシャルグループとの提携関係を解消し、翌年春の人事で法人部門のトップに就くことになったからだ。「家族でスキー旅行に行きましたが、(ケガに備えて)私は滑りませんでした」。それ以降、スキーはお預け。スキークラブの同期とは今でも年2回会っている。「みんな今年、還暦を迎えるので、家族を連れての旅行を計画しています」

「社長になってからキッズセレモニー休暇を設けました。子供の行事などで休みを取りやすくする制度です。私が若い頃は平日の夜は宴席、週末はゴルフで、子供の入学式や運動会は全く行けませんでした。これでは時代に沿わないとの反省からでした」

――女性の管理職も増えてきました。

「支店長に占める女性の割合は約2割に高まりました。新卒採用試験で何社も内定を取るような優秀な女子学生が、女性活躍に積極的だからという理由で当社を選んでくれることもあります。17年には営業職の一部で定年制度を撤廃し、今では70歳の営業マンが在籍しています。全ての社員が意欲を持って働き続けられる職場を目指しています」

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