こうしたケースは通勤災害になるか

電車通勤でよく起こり得るのは、人身事故などで大幅に電車が遅延するようなケースでしょう。当日の交通事情によりやむを得ず迂回してとる経路は、合理的な経路となります。

しかし、特段の合理的な理由もなく、著しい遠回りとなる経路をとる場合などは認められません。まして、前夜に交際相手の住むマンションに泊まって、そこから出勤する途中の事故などは、たとえ会社のそばであっても通勤災害とはなりません。

冬は、路面が凍結して転倒する事故なども見受けられます。それでは、自宅玄関から一歩出たところで、転んでしまった場合は、通勤災害と認められるでしょうか。

このケースは、イエスともノーとも言えます。ポイントは、戸建てか集合住宅かの違い。普通は、家を出たところから通勤が始まっていると考えます。マンションであれば、自室のドアまでが住居、一歩出れば廊下やエレベーターなどの共用部分で、ドアを出て廊下に出た時点で通勤となります。

一方、戸建ての場合は、庭などの敷地を含めて住居とみなされるため、玄関を出て門までの敷地内でケガをした場合は、通勤災害とは認められません。狭小住宅で、戸建てであっても一歩玄関を出たら道路、という場合は別ですが、戸建ての場合は敷地を出たところから通勤となる点に気を付けたいところです。

先日、「ヒールの高い靴を履いていて転んだ場合は通勤災害にはならないのか」という質問を受けました。自分が選んだ靴や洋服などのコーディネートで判断が分かれるわけではなく、ヒールが高い靴であることを理由に通勤災害が否定されることはありません。企業によっては、パンプスの着用を義務付けている場合もあるくらいです。ただ、通勤は満員電車での移動が想定されるので、なるべく疲れない靴を履くに越したことはないでしょう。

また、最近は副業・兼業を認めている企業が増え、働き方も多様化しています。仮に、本業であるA社から、終業後に副業先のB社へ移動する場合はどうなるでしょう? この場合、B社へ行く際は通勤と認められ、B社での通勤災害の対象となります。

新型コロナウイルスに感染したら?

最近は、新型コロナウイルスによる感染症が気になるところです。通勤電車は濃厚接触のリスクが高い密室状態ですが、仮に目の前の人がマスクもせずにひどくせき込んでいたら、感染するのではないかと誰しも不安になるでしょう。

そうしたシチュエーションの後に、もしも新型コロナウイルスに感染していることが判明した場合は、通勤災害になり得るのでしょうか。基本的には、感染経路が明確に特定でき、潜伏期間などに医学的な矛盾もなく、通勤以外の感染源が否定された場合は、通勤災害になりうる可能性もないとは言えません。

ただし、通勤というのは不特定多数と接することとなるので、現実的に考えると、感染源を特定するのは極めて厳しいといえるでしょう。一方、同じ職場で仮に隣の席の社員が感染者であって、濃厚接触をしていたなど、感染経路が特定でき得るようなケースであれば、「業務災害」と認められるケースは考えられます。あくまでも実態に基づく個別判断となりますので、労災に関して不安があるときは、会社を管轄する労働基準監督署に相談してみるとよいでしょう。

なお、通勤災害の場合、決してやってはいけないことは、保険証を使うことです。病院に行くと、反射的に保険証を出したくなりますが、健康保険は業務または通勤が原因でない傷病に対して利用できるものです。

通勤災害の場合、必要な給付は労災保険で受けられ、しかも治療費の自己負担は原則としてありません。通勤途中のケガが原因で仕事を休む場合は、休業4日目から1日あたり給付基礎日額の80%相当額の休業給付も支給されます。通勤途中で負傷したときは、勝手に自己判断せずに、会社に報告して、しかるべき対応を取ってもらうようにしましょう。

佐佐木由美子
人事労務コンサルタント・社会保険労務士。中央大学大学院戦略経営研究科修了(MBA)。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所などに勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、働く女性のための情報共有サロン「サロン・ド・グレース」を主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌などで活躍。