初代ロードスター マツダが自らレストア、狙いは何?
お気に入りの愛車が再び、新車の状態に戻ったら……。1台のクルマに長く乗り続けた経験がある人なら、一度はそんな思いを抱いたことがあるのではないだろうか。その夢を実現させたのがマツダだ。世界的なヒットとなった初代ロードスター(ユーノス・ロードスター)を新車同様によみがえらせることができるレストア(修復事業)サービスを提供している。いったいどんなサービスなのか。狙いは何なのか。自動車ライターの大音安弘氏が解説する。
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マツダが自ら行うレストアサービス。その対象となるのは初代ロードスター。1989年に発売された小型のオープンスポーツカーだ。
バブル景気真っただ中に送り出されたモデルだが、実に自動車としてはシンプルな造りで、当時流行のハイテク装備とは無縁。むしろ、その構造は、クラシックな英国のスポーツカーにならったものだった。
手ごろな価格で楽しめるオープンスポーツカーとして発売されたロードスターは、日本だけでなく、世界的なヒットを記録。それからマツダは30年以上、4世代にわたりロードスターを販売し続けている。2016年には累計生産台数100万台を突破し、世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカーとしてギネス記録にも認定され、現在もマツダの看板車種の一台だ。
一台一台を手作業で組み上げていく
初代ロードスターを末永く愛用してもらうべく、マツダの取り組みとしてレストアサービスが発表されたのは17年8月。同年12月よりレストア車両の受け付けが開始された。
作業はメニュー化されており、外装とボディーのリフレッシュを行う基本メニューは、254万7000円から。この他、オプションメニューとして、「インテリア」「エンジン&パワートレイン」「シャシー&サスペンション」「エアコン」「アルミホイール&タイヤ」が用意され、全てのメニューを組み込んだ総額は、494万2000円からとなる。最新型ロードスターのエントリーグレード「S」の価格が、260万1500円なので、基本メニューだけでも、新車のロードスターが買えるほどの金額なのだ。
だが、実際の作業内容を見ていくと、高価なサービスというイメージは薄れていく。
作業内容と費用は、ユーザーの要望と車両の状態によって異なるが、まず全てのロードスターは、完全に分解される。ボディーだけの状態から塗装を行い、その後、再び部品を組みつけていく。もちろん、必要な部品の交換や修理が施されるが、その工程の全てがハンドメードとなる。ロードスターを構成する約5000点の部品のうち、レストアサービスでは、フルメニューだと約1000点の部品が交換されるという。受け付けから納車までに多くの時間を必要とするが、仕上がった車両は、まさに新車同然。修理箇所と新品交換部品には、1年1万キロ保証が与えられる。
ただ全ての初代ロードスターがこのレストアサービスの対象となるわけではない。
厳しい受け入れ基準
現時点でこのレストアサービスの対象車となるのは、初代ロードスターの中でも初期型となる1.6リッター・エンジン搭載車(MT車のみ)に限定される。車両状態にも条件がある。ナンバー付きの車両であることをはじめ、改造車でないことや事故歴がないこと、著しいさびがないことなどの状態が定められており、その上で、実車点検が行われる。
サービス開始時、47台の申し込みがあったが、当時の受け入れ基準をクリアした車両は、1台しかなかったことからも、この条件の厳しさがうかがえるだろう(この基準に関しては、作業体制を整え、現在は、軽微な板金修理を受け付けるなどの改善が図られているという)。
狭き門となる厳しい条件が設けられている最大の理由はコストの問題だ。事故によるフレーム修正跡や大きなさびがある場合、分解してみないと、ダメージによる影響が完全に把握できない場合がある。その費用は、顧客の負担となり、大幅な予算オーバーにつながる。
これが世界に限られた台数しかないような、貴重なクラシックカーなら話は異なるだろう。だが、そもそも初代ロードスターは、国内だけで今なお2万台が現役だというスポーツカー。絶滅の危機にひんしているわけではなく、大金をかけて1台を仕上げていくというニーズ自体も限定的といえる。
そのため、現在のレストアサービスはかなり小規模だ。約2カ月に1台のペースで、年間最大6台を目標に掲げており、しかも1台ずつ状態や要望も異なるため、現在までのレストア完成車は5台にとどまる(現在、6台目が作業中)。自動車メーカー主体で、その程度の規模なのかと思った人もいるだろうが、マツダによるとこれもレストアを低コストかつ事業として継続していくためのビジネスモデルだという。
このレストアサービス事業は、広島にあるマツダの設備を活用し、新規投資をせず、少数の専任スタッフで運営することで収益を出している。ビジネスとして成立させ、長期にわたってサービスが継続できる体制をつくっているのだ。
マツダはそこまでしてなぜレストアサービスをスタートしたのか。
多くの人の手でロードスターを残していく
実はこのサービス、古いクルマをレストアする以外にも大きな役割を持っている。それは補修部品の供給だ。
レストアサービスを行う以上、部品供給体制の整備は必須条件。レストアサービスに用いられる部品は、当然、マツダのパーツセンターから供給されるので、ディーラーや修理工場などを通じて、誰でも入手することが可能となる。レストアサービスでは、これまでに約150点のパーツの復刻も手がけた。つまり、レストアサービスを続けることで、これまでパーツの欠品により修理に苦労していたユーザーたちも救うことができるというわけだ。
レストアサービスを続けることで多くの部品が入手できるようになれば、身近なマツダディーラーやロードスターを得意とする修理工場に修理を依頼することもできる。全てをメーカーで担うのではなく、多くの人が携わることで、初代ロードスターを残していこうという姿勢なのだ。
「RX-7」オーナーも切望
地道な活動を続けるレストアサービスだが、歴代ロードスターオーナーのみならず、古いマツダ車オーナーからも熱い視線が注がれている。特に熱量が高いのが、ロータリーエンジンを搭載するスポーツカーRX-7のオーナーたちだという。
古くなれば、部品供給や愛車のリフレッシュに悩むのは、どのクルマも同様。マツダも初代ロードスターだけで終わらせるのではなく、このノウハウを、いつか他のロードスターを含め、愛好者の多い古いマツダ車へと活用したいと前向きに考えており、この取り組みを現在は「クラシック・マツダ」と呼んでいる。
ただ失われたパーツの再供給は、想像よりも難しい。当時の素材や製法が今は失われているケースも多く、製造に必要な金型や設備が存在しないことも多々あるからだ。
意外にも最大の難関は電子パーツだという。その点、当時の最先端技術を利用したハイテク装備とは無縁だった初代ロードスターは有利なのだ。しかし、1.8リッターエンジンを搭載した後期型ではエアバッグやABSなどが搭載されるようになった。これもレストア対象車拡大のハードルのひとつとなっている。
新車販売以外のビジネスに
このレストア事業はマツダの生き残るための戦略のひとつだ。
将来的に新車販売だけではビジネスが成り立たないだろうという危惧から、マツダは11年、販売したクルマをビジネスにつなげていく事業が模索しはじめた。その中で、ファンの多いロードスターの顧客をフォローできる事業として、レストアサービスの原案が生まれた。これはマツダの新ビジネスチャレンジであり、続けるためには赤字にできない。
ただ事業化と継続の裏には、30年たってもロードスターを大切にしてくれている人たちの情熱に応えるべく、奮闘するマツダやサプライヤーの人々の熱意と努力がある。メーカーの取り組みではあるが、実に人間臭いビジネスといえるだろう。
近年、他の国産自動車メーカーでも、人気の高い旧型車のパーツの再供給の取り組みが始まっているが、現時点でレストアまで手掛けているのは、他社では、ホンダのスーパースポーツ「NSX」くらいしか見当たらない。それだけにハードルが高いビジネスなのだ。そのNSXも、新車当時から、サーキット走行や過走行などのハードユーザーのために、レストアを含む大掛かりなリフレッシュメニューを用意し、サービス基盤を築いてきたアドバンテージは大きい。それだけハードルが高いビジネスなのだ。
ましてロードスターは、大衆車である。マツダとユーザーそれぞれの熱意がなければ、決してビジネスとして成立しない。それだけの熱量を持つのが、ロードスターというブランドなのだろう。
1980年生まれ、埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に転身。現在は自動車ライターとして、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材している。自動車の「今」を分かりやすく伝えられように心がける。
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