ミレニアル世代、英米で賃貸の波 日本は持ち家
異動や子どもの進学の春が訪れ、住宅についてよく考える季節となりました。買うか、賃貸のままか。常に議論になるテーマですが、英米では最近「ジェネレーションレント(賃貸世代)」が注目されています。
ジェネレーションレントは、2010年ごろから英国で使われ始めた言葉です。1980年代以降に生まれ2000年代に社会に出た「ミレニアル世代」が、賃貸のまま暮らしていることを指します。投機マネー流入による住宅価格の上昇や都市人口の増加、教育費の上昇などが背景にあります。
東京大学の祐成保志准教授がまとめた英政府の統計によると、例えば25~34歳の持ち家率は1991年の66%から、2013年度には35%にほぼ半減しました。16年のロンドン市長選では、住宅問題が最大の争点となりました。親が裕福で「bank of mum and dad」(親銀行)がある人しか家が買えないといった指摘もあります。
米国も似た状況です。米連邦準備理事会(FRB)の18年のリポートによると、1981~97年生まれの2016年時点の持ち家率は34%でした。ベビーブーマー世代(1946~64年生まれ)が同じ年齢だった頃は48%だったそうです。学生ローンなどが重荷になっています。
米ハーバード大学の研究所は2020年のリポートで「子どもがいる夫婦でも賃貸が増えている」と指摘します。リポートによると、04年から18年の間に、家を所有する子持ち夫婦は270万組減りました。一方、10年から18年の間に家を所有した人の多くは年収15万ドル(約1650万円)以上でした。「アメリカンドリーム」の一つとされたマイホームのハードルが上がっているのです。
日本はどうでしょうか。東京のマンションが過去最高値をつけるなどの現象がありますが、むしろ若い世代の持ち家率は高まっているとの見方があります。日本総合研究所の根本寛之研究員の分析では、30代(2人以上世帯)の持ち家率は00年に46%でしたが、15年に52%まで上がりました。「低金利を背景に、若いうちから多くの住宅ローンを組んで購入している」と分析します。
資金力のある共働きの増加のほか、日本は郊外の開発がしやすく、通勤を我慢すれば、家を買いやすい面もあります。ただ、住宅や教育費の負担が増え、ほかの消費を冷やしているとの見方もあります。今後について、住宅情報メディアのSUUMO編集長の池本洋一さんは「生涯結婚しない人や転職する人が増え、賃貸市場は底堅く伸びていく」とみています。日本の賃貸の行方も注目されそうです。
祐成保志・東京大学准教授「賃貸と持ち家、質の差大きい日本」
――日本の都市部における持ち家社会は、どのように形成されてきたのでしょうか。
「戦前は、都市住民が家を買おうと思っても、お金を貸してくれる仕組みが整っていませんでした。都市部の持ち家率は2割ほどでした。戦後、わずか数年で6割程度まで急伸します。財産税を納めるために家主が手放したり、空襲で焼失した後に手早く建てた家が所有物になったりといった戦後の特殊な事情によるものです」
「1960~70年代にかけ、高度経済成長を支えた都市部への人口移動やベビーブーム世代の家族形成を背景に、猛烈な住宅不足が生じました。郊外の鉄道沿線に宅地を造成し、分譲するという定型がつくられます。建設面でも資金面でも、当初は政府が主導するかたちでしたが、徐々に民間主導に変わっていきます。80年代には民間企業が住宅を開発し、民間の金融機関が個人に資金を貸し付けるというシステムができあがり、現在に至ります」
――日本の持ち家率は海外と比べると高いのでしょうか。
「今は6割くらいで、先進国の中でそれほど高いわけではありません。民間賃貸の割合は2割超と高いほうです。日本の特徴は、賃貸と持ち家の住宅の質の差が大きいことです。そのため、結婚して子供が生まれると、無理をしてでも家を買おうということになります。なぜ賃貸住宅の質が低いかというと、規制が緩いからです。賃貸住宅が最低限みたすべき居住水準を定めるような法律がありません。結果、利益の上がりやすい狭小な物件が増えます。住宅数の確保を優先した戦後の『戸数主義』のなごりなのか、住まいの質については底が抜けているといっていい状況です」
「日本にも建物の安全性や衛生上の基準はありますが、高齢者向けの住宅などを除き、住宅と住む人の関係までは規制していません。欧州諸国には、働き方について労働基準法があるように、住み方について住居法などと呼ばれる法律を導入してきた歴史があります。国によっては、住宅の広さや質にかなり厳しい基準を設けています。こうした規制を設けると、賃貸経営のメリットが減り、民間事業者が撤退します。民間分を、英国だと自治体による公営住宅、ドイツでは民間が公的な資金でつくる社会住宅などを供給することで穴埋めしました」
「賃貸住宅の質が確保されると、政府による家賃補助にも社会の理解が得やすくなる傾向があります。日本では、住居法を制定する必要性が戦前から指摘されてきましたが、ついに実現しませんでした」
――日本では人口が減り、空き家が増えていきます。これからの住宅政策に必要なことは何でしょうか。
「空き家に典型的に表れるように、家を持つことと、その家に住むことが一致しにくくなってきています。所有と利用を結びつけているのが、管理です。いままでは、家を管理するための労力の多くは、所有者が無償で提供することが前提でした。マンションでは管理費を払いますが、あくまでもハードの維持管理のためのものです。所有者不明の部屋の持ち主の所在を突き止めたり、建て替えの意思決定をしたりといった重い仕事は所有者側に任されています。前提が崩れてきているとすれば、住まいの管理を社会で担うような仕組みが必要です」
「とはいえ、政府はハードの整備の支援はできても、ソフト面の詳細にまで介入することは難しいでしょう。すぐに効く対策は思い当たりませんが、例えば労働時間を減らし、住民が住まいの管理や自治に時間を割けるような社会にしていくことも重要ではないでしょうか。住み方と働き方は表裏一体の関係にあるのです」
(福山絵里子)
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