シックのEC専用ひげそり 女性が支持する理由とは
女性にひげそりを売る。シック・ジャパン(東京・品川、以下、シック)は、そんな難題に挑戦してヒット商品を開発した。ユーザーの悩みを聞き出し、ひげそり専用スタンドを付け、洗面台にふさわしいデザインを採用。狙い通り、購入者の6割以上を女性が占めている。
その舞台となったのはアスクルが運営するECサイト「LOHACO(ロハコ)」だ。シックとアスクルは、ロハコのメインターゲットである30~40代の女性が買いたくなる男性用カミソリ「シック マイスタイル」(以下、マイスタイル)を開発した。
マイスタイルは、カミソリ本体にシェービングジェルとスタンドをセットにした商品で、女性から男性へのプレゼント需要を想定して開発された。シンプルでありながら、かわいらしいデザインを採用。これがロハコユーザーから圧倒的な支持を得て、マイスタイルの販売額は、同サイトの「カミソリ・髭剃り・シェーバー」カテゴリー全体の売上額の30%を占めるまでに成長した。
そもそも、女性をターゲットとしているロハコで、なぜこのような男性向け商品の開発を手掛けることになったのか。
「ロハコでは男性用ヘアボディ・スキンケアのカテゴリーが、一般の流通などと比べて売れていなかった」と、アスクルライフクリエイション2本部本部長兼FMCGヘルスケア事業部事業部長の平舘孝浩氏は話す。ロハコのユーザーは女性が多いため、男性向け商品が売れないのは当然ではある。しかし、平舘氏は「売り上げを伸ばすチャンス」と考えた。そこで、このカテゴリーの中でも使用頻度が比較的高いと思われる男性用カミソリに目を付け、シックにオリジナル商品の共同開発を提案した。
ただ、ECでの男性用カミソリは価格競争が厳しい。「ECでは自動値付けの機能を使って最低価格を売りにしている店が増えており、悩みの種になっていた」と同社Eコマース本部Eコマースチャネルマネジャーの阿部謙二氏は語る。
現状の男性用カミソリの販売は、「ドラッグストアやコンビニなどが中心で、ECは10%にとどまる」(阿部氏)。しかし、その割合は年々拡大しており、いずれECが主流になることは間違いない。そうした変化に先手を打つためにも、アスクルとロハコ専用の商品を開発することに意味があった。
アスクルは、こうしたシックの事情を理解し、低価格競争を回避できる高付加価値商品の開発を提案し、合意を得た。
男性用カミソリにとって何が付加価値となるのか。それを探るため、シックはユーザー調査を実施した。具体的には、ユーザーから男性用カミソリを使う洗面台や風呂場などの写真を送ってもらい、商品に対する意見を聞くことで、ユーザーが感じているニーズや不満を調べた。
そうして集めた声をシックとアスクルは分析し、「カミソリの置き場所に困っている」「洗面台の周りを整頓したい」「男性用カミソリのデザインが洗面台の雰囲気にマッチせず、浮いて見える」といったユーザーの意見に着目。これらはデザインの力でかなりの部分を解決でき、それが商品の付加価値になると判断した。
一方、アスクルは、ロハコでの男性用カミソリの購買データを分析した。男性用カミソリの購入者のうち、55%は男性、30%は女性だった(残りは性別不明)。「妻が夫の代わりにロハコで購入しているケースがかなり多いと推測した」と同社FMCGヘルスケア事業部マーチャンダイジング1の神田萌子氏は説明する。
先ほどのユーザー調査から判明した課題を解決するとともに、女性にアピールするデザインの商品を開発できれば、ロハコで男性用カミソリの代理購入を増やすことができるのではないか。シックとアスクルは、そうした仮説を立て、商品開発をさらに進めることになった。
価値を高めてプレミアム価格で販売
置き場所や洗面台周りを整頓したいという課題を解決するための策として、専用スタンドを用意することにした。当時、無印良品の「白磁歯ブラシスタンド」が250円(税込み)という手ごろな価格とシンプルなデザイン、洗いやすい点が評価され、SNSなどで話題になっていた。カミソリのスタンドは、これからヒントを得たという。
女性は、父の日や夫の誕生日など、男性へのプレゼント選びに悩む人が少なくない。こうした悩みも女性が男性用カミソリを購入する動機につながると考えた。そのため、カミソリ本体とスタンドに加え、シェービングジェルを組み合わせて、化粧箱に入れたギフトセットとして販売することにした。
シックはひげそりの際、ひげを柔らかくする効果のあるシェービング剤を使うことを推奨し、いくつかの商品を販売している。しかし、「国内でのシェービング剤の使用率はひげをそる人の半数程度。シェービング剤の認知を高め、普及させたいと考えていた」(阿部氏)。本体とシェービングジェルを合わせて販売することで、その良さを実感してもらい、継続購買につなげる効果も期待できる。
最後にこれらの要素を統一するデザインを検討した。ロハコユーザーが好むシンプルさと、洗面台に置いて「浮かない」デザインを実現するため、外部のデザイン会社に依頼した。
従来の男性用カミソリは、機能をアピールするメカニカルなイメージを強調することが多かった。マイスタイルでは、白が多い洗面台にマッチするように、全体の色は白を基調とし、カミソリのハンドルとシェービングジェルのキャップにぬくもりを感じさせる木目調を採用した。
シックは、マイスタイルを単発の商品として終わらせるのではなく、ブランドに育てたいと考えている。その象徴として、ブランドキャラクター「シェービングボーイ」をジェルのパッケージや化粧箱にあしらった。これによってシンプルでありながらも、親しみやすいブランドイメージを訴求することに成功している。
プレゼント需要を喚起するには、価格設定が重要になる。「ロハコユーザーに手軽なプレゼントとして選んでもらうには、3000円ではやや高く、2000円程度が適切」(平舘氏)。一般流通しているシックの男性用カミソリとシェービングジェルの販売価格の合計は、1400円程度。マイスタイルは、これにスタンドを加えて、1980円(税込み、発売当時)という価格に決定した。スタンドや全体のデザインを含めた付加価値として500円強上乗せしたことになる。
両社は、18年10月に開催された新商品の展示会「暮らしになじむLOHACO展2018」にマイスタイルを出展。来場者からは、「スタンドが付いているのが良い」「カワイイ」「シンプルなデザインなので洗面台を選ばない」などと評価する声が多く聞かれたという。
女性の購入割合が6割を超える
LOHACO展で手応えを得て、18年11月に発売した。発売直後からレビュー投稿者に500円分のポイントを付与するキャンペーンを打ったほか、クリスマスやバレンタインデー、父の日などのイベントに合わせてロハコでの露出を増やした。イベントごとにユーザーの目に触れることで、継続して売れている。「発売から1年以上たっても、カテゴリー内でのナンバーワンのシェアを維持している」(神田氏)。価格が高いにもかかわらず、それを上回る商品価値をロハコユーザーが評価していることが分かる。
当初の目的だった女性の代理購入は大幅に増えた。女性購入者の割合は、他の男性用カミソリが35.4%。これに対してマイスタイルは64.3%。女性から男性にカミソリをプレゼントするニーズを開拓できたのは間違いない。阿部氏は「カミソリが女性から男性へのプレゼントになることが分かり、今後の商品開発の大きなヒントを得た」と話す。
マイスタイルの好調を受け、専用の替刃を19年10月に発売。近年の地球環境へ配慮する潮流もあり、パッケージにはバイオマス再生紙を使用した。紙製の特性を生かし、刃の交換日時を記入する欄も設けた。替刃の販売は好調で、「カミソリ・髭剃り・シェーバー」カテゴリーの売上額ランキングで現在3位に入っている。
マイスタイルは、既存商品をプレゼントとしてデザインし直すことで新たな購買を喚起できた例として、多くの企業にとって参考になるだろう。
(ライター 中村仁美、日経クロストレンド 太田憲一郎、写真 新関雅士)
[日経クロストレンド 2020年2月21日の記事を再構成]
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