電子機器から銅回収 循環型経済はどこまでできる?
「循環ギャップ」という言葉がある。投入された資源量と回収された資源量の差を指したものだ。現在、循環ギャップは減るどころか増えている。2050年までに世界で使用される天然資源は2倍になるとの予測もあり、経済活動の中で循環ギャップを減らすことは喫緊の課題に見える。ナショナル ジオグラフィック3月号では、衣料品、食品、エネルギー、農業、機械、金属など、各分野における循環型経済の現状をリポートしている。
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循環せずに廃棄される物質の量――循環ギャップは、人類の歴史から見れば、比較的新しい問題だ。そもそもの始まりは、化石燃料が産業に利用されるようになった18世紀までさかのぼれる。
化石燃料から安価にエネルギーを取り出せるようになると、原材料もより簡単に採取でき、あとは工場に運んで完成した製品を各地の市場に輸送できるようになった。拡大は続き、この50年で世界の人口は2 倍以上になったが、生産活動に利用される物質の量は3 倍以上増えている。
衣料品、食品、エネルギー、農業、機械など様々な産業で循環型経済を考える必要があるが、まずは金属の現状を調べてみよう。
小規模ながら、人類が初めて自然の循環から外れたのは、実は18世紀の産業革命よりも前にさかのぼる。古代ローマの人々が下水道という厄介な仕組みを発明したときのことだ。資源循環の専門家なら誰でも、汚物は畑に返すべきだと言うだろうが、ローマ人はこれを川に流す方式を編み出したのだ。
古代ローマ人はイベリア半島の鉱山から銅を採掘する一方で、征服した民族の青銅像を溶かして武器を作った。銅は汚物と違って希少価値があるため、当時も今も真っ先にリサイクルの対象にされる資源だ。
ドイツ西部ルール地方の工業都市リューネンにある、ヨーロッパ最大手の精銅会社アウルビスの構内に入ると、花壇に置かれた大きなレーニンの胸像が目に入った。1990年の東西ドイツ統一後、東ドイツ各地からレーニン像がリサイクルのためにこの工場に運び込まれたが、この胸像はその名残だ。同社はまた、世界最大手の銅のリサイクル会社でもある。
銅はプラスチックなどと違い、同じ品質のまま何度でもリサイクルできる、文句なしに循環型の物質だ。工場では今も配管やケーブルなどから大量の銅を回収しているが、近年では銅の含有量がはるかに少ない廃棄物も扱わざるをえなくなったという。
ヨーロッパでは、ごみの処分方法が埋め立てから焼却へ変わったため、金属を含んだ焼却灰が大量に出るのだ。
「ごみ箱に携帯電話を捨てる人がいるからです」と話すのは、副工場長のデトレブ・レイザーだ。
リサイクルされるのは5分の1に過ぎない
工場の環境部長ヘンドリック・ロースの案内でリサイクル工程を見学した。ノートパソコンなどの廃棄された電子機器がバケツからベルトコンベヤーの上に落とされ、破砕機へと運ばれていく。これは10以上に及ぶ廃棄物選別の第1段階で、轟音(ごうおん)が響くなか、目の前の光景にあっけにとられた。
手のひらほどの電子基板の破片が所定の位置まで運ばれてくると、一部は深い穴に落ち、残りはまるで意志があるかのように上のベルトへと跳び乗ったのだ。画像解析システムで金属を含んだ破片を自動的に識別し、金属が含まれていなければ空気を噴射して吹き飛ばす仕掛けになっていると、ロースが説明してくれた。
アウルビス社は、選別や回収をした鉄、アルミニウム、プラスチックをメーカーに売り、銅とその他の非鉄金属を自社で処理する。
2017年の国連の報告書によると、世界中で廃棄された電子機器のうちリサイクルされるのは約5分の1。同社は米国からも廃棄物を受け入れている。「時々思うんです。高度に工業化が進んだあの国が、こうした資源をなぜ自分たちで再利用しないのでしょう。莫大な価値があるのに」とロース。
しかし、こうした銅を取り巻く状況は、リサイクル全般の困難な課題を映し出していた。精力的にリサイクルしても、その成果は限定的なのだ。アウルビス社が生産する銅のうち、リサイクルによるものは3分の1程度で、残りは新たに採掘されたものだ。
この50年に世界の銅の生産量は4倍になり、依然として増え続けている。化石燃料依存から脱するための設備を造るにも、大量の銅が必要だ。たとえば、巨大な風力発電タービン1基に約30トンもの銅が使われる。
「銅の需要は拡大しています。リサイクルだけではとても足りません」とレイザーは言う。循環型経済の実現にはほかの戦略も必要なようだ。
(文 ロバート・クンジグ、写真 ルカ・ロカテッリ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年3月号の記事を再構成]
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