食べ応え十分 チリの海藻はインカのスーパーフード
ワカメにコンブ、ヒジキにノリ――。日本の食卓には、毎日のように海藻を使った料理が並ぶ。日本ほど多種多様な海藻を食べている国はないといい、沿岸には約1500種の海藻が生息するという。ところがだ。南米チリには、日本では見られない驚くような外観の海藻がある。コチャユーヨだ。
この海藻、一見すると乾燥した豚の皮のように見える。豚の皮でなくとも、外見はどう割り引いても動物性の食材のようなのだ。チリでは、どのスーパーマーケットにも並ぶほど人々の日常を彩る食材で、「海岸に近いエリアでは特にポピュラーなんですよ」とはフリオ・フィオル駐日チリ大使。浜辺で「タダ」のコチャユーヨがいくらでも手に入るかららしい。
チリ貿易振興局のイベントで、チリ産の海産物を使った丼にトッピングされたコチャユーヨを食べたときは、まるでコラーゲンたっぷりのてびち(豚足)の皮を細かく刻んだものに思えた。食べなれた海藻とはまるで違う弾力のある食感があり、食べ応えがあったからだ。海藻という低カロリーの食材ながら、なにやら肉のような満足感がある。今まで知っていた海藻の世界が、覆されたような気がした。
コチャユーヨの食材としての起源は古く、なんと1万4000年も前にさかのぼる。チリ南部の遺跡モンテベルデからコチャユーヨの残滓(ざんし)が発見されたのだ。「インカ帝国(13~16世紀)でも食べられていたんですよ」とは、日本でこの食材の輸入を手がけるバイオジェム社長のキシモト・マリコさん。同帝国はアンデス山中に築かれたが、ミネラルなどが豊富な栄養源として、山の産物との交換で海辺に住む民族からこれを手に入れていたのだろうという。ちなみにコチャユーヨとは、コチャが海、ユーヨが野菜のこと。アンデス地方に暮らす人々が話すケチュア語の言葉だ。
日系ペルー人のキシモトさんはひょんなことからこのチリの海藻と出合った。
実は、ペルーでは全く異なる海藻をコチャユーヨと呼ぶ。ハバノリに似た海藻だ。同国では海藻は食材としてあまり人気がないらしく、「コチャユーヨも飾りに使うぐらい」(キシモトさん)とか。ところが、ペルーで開催された学会でキシモトさんが、藻類の専門家である東京大学特任准教授の倉橋みどりさんにペルーの海藻について聞かれたときのこと。同国のコチャユーヨの話をしたところ、「コチャユーヨと言えば、通常はこれのことよ」と言われ、初めてチリの食卓をにぎわす食材のことを知ったという。
調べてみると、乾燥コンブやワカメに比べ、食材のうまみにつながるアミノ酸、アスパラギン酸が豊富で食物繊維も多い。必須アミノ酸の一つで、血中コレステロールを下げるメチオニンも豊富に含まれる。詳しくは後述するが、コチャユーヨならではの特徴もあり、「海のスーパーフード」と呼ばれるこの食材に、一気に引き付けられた。
「コチャユーヨはほかにあまりない構造の海藻です。チューブ状の"葉"の部分の中が、スポンジ状になっている。冷たい波が打ち付けるチリ南部などの岩場に生育するのですが、そうした場所では葉の部分に海水が流れ込み渦ができる。この渦ができることで、中に栄養分が入るんです。うず潮が発生する鳴門海峡のワカメも栄養分が豊富なことで知られていますが、それと一緒なんです」と倉橋さんは説明する。
コチャユーヨには、黄色い「ゴールドコチャユーヨ」と黒い「ブラックコチャユーヨ」がある。ゴールドは収穫してから1カ月ほど天日干ししたものだが、ブラックはあまり日がたたないもの。ブラックは日本人にはなじみ深い、たっぷりと磯の香りがする海藻で、水で戻して食べてみると茎ワカメを思わせる。
チリで一般的に親しまれるのは磯くささの抜けたゴールドタイプで、動物性食材のようだと思ったのはこのタイプ。同国に何十年も住んでいるキシモトさんの知人も「ブラックは見たことがない」そうだが、海の近くで暮らす人々は、ブラックタイプも食べると聞いた。
現地では、海藻のマリネ「セビーチェ・デ・コチャユーヨ」や「チャルキカン・デ・コチャユーヨ」と呼ばれるシチューにして食べるのがポピュラー。健康にいい食材であることがよく知られていて、歯が生えるのを助けるために、小さな子どもにも与えるという。
「母の作るシチューは絶品でした。特に首都サンティアゴの冬(6~8月頃)は寒いので、家族でこのシチューを楽しみにしたものです」とフィオル大使。もっとも、海産物が大好きな大使が一番好きなのはコチャユーヨのサラダ。「海藻類はみなそうですが、コチャユーヨにはとても豊かな味わいがあるんです」。海藻サラダ好きの日本人と同じ感覚なのだろう。こう考えると、遠い国の食材であったコチャユーヨも、身近に感じてくる。
レストランより家庭で食べるもので、「チリではどこの家庭にも、乾燥コチャユーヨがあると言っていいと思います」とフィオル大使。ただし、グルメ界でも人気の食材のようで、レストランランキング「世界のベストレストラン50」に名を連ねるチリのレストランなどでも、この海藻を用いている。この土地ならではの特別感がある食材であることに加え、うまみがあり、スポンジ状の構造なので味を含みやすく、料理の幅を広げやすいのだろう。
先に触れたが、実は、コチャユーヨにはほかの海藻にはない特徴がある。「ヒスチジン」と呼ばれる必須アミノ酸が豊富なのだ。「人間には『血液脳関門』と呼ばれる、有害な物質が脳内に入るのを防ぐ機構があります。ヒスチジンはその関門を通れる物質の一つで、脳内に入るとヒスタミンに変わる。ヒスタミンは、満腹中枢を刺激することが分かっていて、結果、ヒスチジンの摂取は食欲抑制効果につながるんです」(倉橋さん)
「確かに、小皿いっぱいぐらいのコチャユーヨを朝食べると、夜までおなかがすかないんです」というスリムな倉橋さんの言葉に、半信半疑でこれを試してみた。チリの料理レシピには、よく「1晩水に漬けて戻す」とあるが、そのまま煮物に入れたり、数分水に浸してからレンジでチンしたりしてもOK。「麺つゆをかけると、簡単でおいしいんですよ」とも聞き、即席でつくだ煮風コチャユーヨを作り食べてみた。満腹中枢の働きが悪いのか食べた量が少なすぎたのか、「夜まで満足」とまでは実感できなかったが、確かにかなり腹持ちがいい。
「ギョーザもおいしいんですよ」とキシモトさんに聞き、コチャユーヨを使ったギョーザも作ってみた。あんにほとんど豚肉を入れなくてもスポンジ状の構造に少しばかり入れた肉の汁がからみ、食感もぷりっとしている。何も知らない人に「肉はほとんど入ってない」と言ったら驚かれたに違いない。人生数限りなく繰り返してきたダイエットが、果たしてこれで成功できるのか。思わず、試してみたい気持ちになった。
(フリーライター メレンダ千春)
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