広がるAO受験にも塾費用と地方の壁 これでいいの?
「育てる入試」を考える(下)
「高2の時、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)のゼミ主催のキャンプに参加したのがきっかけで興味を持ち、SFCならAO受験かなと考えるようになりました」。そう話すのは、都内の幼小中高一貫の私立校に通う高校3年の女子生徒。校内では大学側が特定の高校に割り当てた入学枠を利用する「指定校推薦」で進学する生徒が多かったが、最近ではAO受験者もかなり増えてきたという。
書類審査が第一関門
AO・推薦入試で最初に突破しなくてはならないのは書類審査。なぜその大学・学部で学びたいのか、将来は何をしたいのかなどを記した「志望理由書」、いままでの経験や取得した資格などをまとめた「活動報告書」や「ポートフォリオ」、さらに高校での成績などが書かれた「調査書」を提出する。
センター試験に代わって2021年1月に始まる大学入学共通テストでは、英語の民間試験の導入が見送りになったが、AO・推薦入試では実用英語技能検定(英検)やIELTSなど英語の資格試験を、出願条件や判定基準に採用する大学が多い。そうした書類審査をクリアした生徒は、小論文・面接に進む。
入試プロセスの中で多くの受験生が悩むのが志望理由書などをどう書くか。前出の女子生徒は「将来の夢」を書こうにも漠然とし過ぎて何から手をつけていいのかわからず、「自分ひとりで考えるのは無理」と、AO・推薦入試専門塾の無料体験講座に参加した。しかし塾通いは費用が高額になるために諦めた。「親には高校の授業料も払ってもらっているし、AO受験の塾に行くのなら『大学での留学は無理』と言われました」と振り返る。
3人の子どもがいる母で、長女がAOで4校を受験し1校から合格通知を受け取ったという都内の会社員女性も、費用についてはため息をつく。「高2からAO専門塾に通い、春期・夏期講習含めて総額で約300万円かかった。大学に提出する調査書では高校の成績も見られるので、教科の個別指導塾にも年間だいたい50万円。私立高校の学費が約80万円。これだけかかるとなると、下の子ふたりにAO受験させるのは無理かなと思います」
AO受験では就活のような自己分析とプレゼン能力が問われる。志望者の多い難関大学では求められるレベルも高い。AO専門の塾に通うには多額の費用がかかるとなれば、学校のサポートを期待したくなるが、一部の高校を除けば教員のノウハウは乏しく、しかも進路指導以外にも多くの仕事をこなしているため、手間のかかるAO受験のサポートまで手が回らないのが実情だ。
AO入試の実績が少ない高校では、生徒側が調査書の作成を依頼しても学校側がなかなか応じてくれなかったり、「AOで複数校を併願し、入学辞退するケースが出ると高校の印象が悪くなる」と専願を求められたりするケースもあるという。
民泊で合宿・東京へ塾通い…
「AO受験において地方の生徒は圧倒的に不利」と話すのは、慶大SFC総合政策学部3年生の吉野裕斗さん。SFCは定員750人のうちAOでの募集が200人(21年度入学者からは300人に増員)とAO組が多く、名古屋市出身の吉野さんもそのひとりだが「首都圏でAO専門塾に通っていた生徒や、地方出身者でも何らかの方法で専門塾に通うことができた生徒が多い」という。吉野さんはAO専門塾に通うメンバーらと民泊で一軒家を借り、情報共有したりアドバイスしあったりした。
19年にAO受験を経て中央大学文学部に入学した伊藤勇気さんは高3の4月から毎週末、名古屋から都内のAO専門塾に通った。「金曜日の放課後にバスで東京に向かい、2泊して日曜の夜に帰宅。体力、費用の両面で苦しかったが、他に方法がなかった。他の受験生の併願状況を知ったり、合格した先輩から直接話を聞いたりできる環境があるかないかは大きな違い」と語る。
吉野さんは18年にAO専門塾「MyAO」(名古屋市)を立ち上げた。今は大学に在籍しながら、伊藤さんも一緒に高校生を指導している。対面で講義し、1週間後に生徒から課題の進捗状況の報告を受けながらオンラインでアドバイス。さらにその翌週、マンツーマンで志望理由書などの添削や面接・論文対策を指導するというサイクルを繰り返している。受講料は年間30万円程度に抑えている。
吉野さんは「一番重要なのは問いを投げ続けること。本人がどんな人生を生きてきたのか、何に興味があり、どんな問題意識を持っているのか、愚直に聞き続けます。その上で自分は何がしたくて、大学で何が学びたいかを見つけ、それを言語化してもらっている」という。「AO入試が拡大する中で、地方の希望者も増えてくるはず」とみて、居住地や親の経済力が受験の有利・不利を生まないよう、彼らのノウハウを全国に広げる計画だ。
AO入試は、1点刻みのペーパーテストに偏重した入試へのアンチテーゼとして生まれた。高校生がじっくりと自己を見つめ、長所を磨いて社会に貢献することを考えるという意味で「育てる入試」と言われる。しかし、一般入試と同じように、地域や親の収入による学習機会の差が課題になっているのは皮肉だ。書類のつくり方や面接スキルなど表層的な「対策」に終始するようになり、一般入試と同じ構図ができてしまうのでは元も子もない。将来の夢に向かう意欲や知見、豊かな生活体験といった中身を正当に評価する眼力を大学側には持っていてほしい。
(ライター 石臥薫子)
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