良寛の里でみつけた風情 タクシー元運転手、新潟の旅鉛筆画家 安住孝史氏

厳冬・出雲崎。中央左にぽつんと建つのが良寛生家跡の良寛堂(画・安住孝史氏)
厳冬・出雲崎。中央左にぽつんと建つのが良寛生家跡の良寛堂(画・安住孝史氏)
夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(82)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。(前回の記事は「浅草観音に救われた!? タクシー運転手の幸運なお正月」

この冬、思い切って踏み出したことがあります。江戸後期の僧、良寛さまのふるさとの情景を、いくつかの鉛筆画に写しとることです。清貧そのもの暮らしぶりで、子どもとよく遊び、お年寄りの相手もした良寛さまは僕の憧れの人物ですから、いつかまとまった形にしたいと考えていました。2月上旬、雪景色を目当てに1週間ほど新潟県に滞在してきました。

新潟では自分が地元タクシーの乗客になる機会もありました。そこで今回は番外編として、この旅で見聞きしたことを書こうと思います。

東京・池袋からJR新潟駅前まで高速バスを利用しました。東京―新潟を約2時間で結ぶ上越新幹線は、距離感を味わうには速すぎますし、高崎を過ぎると真っ暗なトンネルばかりなのです。高速バスは料金が安いこともありますが、所要時間が5時間あまりもあって、関東平野から日本海側へ向かう途中の景色も新幹線より楽しめます。

雪のない新潟市内で「東京と同じですよ」

バスの車内では、かつて冬に新潟から上京し「越後椋鳥(えちごむくどり)」と呼ばれながら妻子のために懸命に生きた出稼ぎの人々のことも思い出しました。そうこうしながら到着した冬の新潟駅前でしたが、街に雪は見あたりません。その日の夜のニュースは新潟市が3月の暖かさだと報じたほどでした。こちらは雪国を旅すると思って防寒着をバッチリ着込んでおりましたが、さすがにコートの前をはだけて歩きました。軽装の若者もいる往来を雪の中でも滑らないブーツを履いて歩く自分はいかにもよそ者です。

新潟市は真ん中を日本一長い信濃川が流れています。宿は新潟駅からみて信濃川の向こう側にある繁華街、古町地区にあるホテルでしたので、東京・隅田川の橋よりはるかに長い萬代橋をわたって行きました。宿にリュックサックを置いて再び外出する際に最初に乗ったタクシーの運転手は50代だったでしょうか。「新潟の冬場の運転はたいへんでしょう」と水を向けると「新潟市内は余り雪が降らないし、積もらない」と、少しぶっきらぼうな返事。「東京と同じですよ」と、いなされてしまいました。

翌日、ホテルに近い白山神社から新潟駅まで乗った個人タクシーの運転手は60代の初老といった感じ。若いころ絵では食えないからタクシー運転手をしていたことがあると少し自己紹介して「きのう古町を歩いたけれど日曜日だったせいか東京の丸の内のように静かだった」と話しかけてみました。すると「昔はにぎやかでした」とうなずいて「三越さんもこの春には閉店します。以前は駅から古町まで頻繁に走ったものだけれど、今は駅に近い(商業エリアの)萬代シティの方がにぎやか。ご覧の通りです」と寂しげです。

新潟市は水の都「柳都」と呼ばれた街です。僕が「もう少し風情があると思っていました」とつい本音を口にすると、運転手は「通りに堀の名前が多いのはその名残です」と語り、東京でもよく見かけるチェーン店の看板が目立つ通りを走ります。前日に聞いた「東京と同じですよ」のひと言を思い出し、僕も少し寂しくなりました。

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雪の出雲崎、肖像画の前で一献
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