飲んでも酔えないバー通いの日々

ウイスキーやワインなどのデキャンタージュも提案されている。たとえば、シングルモルトウイスキーの場合、まず右回しでやわらかい味わいを楽しみ、次に左回しで塩味やピート香を感じるといった、複数の風味を試せる。バーテンダーの間では、回す方向と回数によって、味わいが様々に変化することが知られていて、狙った風味に整えるための研究が重ねられている。

「注いで回すだけだから、誰にでも簡単。ワインやウイスキーの自宅飲みに、新たな選択肢を提供できた」

デキャンターは回す方向次第で、飲み物の風味が微妙に変化する

口を付けて飲める、ステンレスのグラス「ブレンディングタンブラー」でもデキャンタージュを楽しめる。内面加工が施してあるから、混ぜ合わせてそのまま移し替え抜きで味わえる。手軽な家飲みシーンに向いた商品だ。

「焼酎が好きな人は、水と合わせて、数日間寝かせておく『前割り』を楽しんでいるが、準備が面倒。このタンブラーを使えば、数秒、かき混ぜるだけで前割り状態に仕上がる」

ビールやハイボール向きのスパークリングタンブラーも登場。近頃はコーヒーや緑茶のカクテルをつくる際、デキャンターを使うバーテンダーも現れている。「空気を取り入れるエアレーションだけで、これほど味が変わるという事実に驚くプロが多い。客の好みに応じて、味を調節できる道具の誕生は、バーテンダーの技をさらに引き出す」と、横山氏は活用シーンの広がりに手ごたえを感じる。

国際的なヒット商品に育ちつつある、「バーディ」のバー用品だが、最初からアイデアが固まっていたわけではない。もともと日本酒好きだった横山氏は最初、日本酒タンブラーを試作した。知り合いのバーに持ち込んでテストしたが、評判はもう一つ。しかし、バーに通ううち、バーテンダーの仕事ぶりを観察するようになり、同時に彼らの仕事道具であるシェーカーやミキシンググラスにも目が留まった。鋼材を原料とする点で本業と共通点があることに気づき、カクテル用品へと発想を切り替えた。

そこから先は試作と改良の繰り返し。グラインダーで磨いては、バーへ持ち込み、カクテルをつくってもらった。「半年で200杯は飲んだ。用意したサンプルは約30パターン。カクテルをこしらえてもらっては飲み比べを重ねた」と、横山氏は飲んでも酔えない「実験」の日々を振り返る。

ものさしに選んだカクテルは、レイモンド・チャンドラーの小説「長いお別れ」の名せりふ「ギムレットには早すぎる」で有名な、ジンベースの「ギムレット」。ライムジュースを使うので、酸味が強め。「内面の磨き具合によって、味のバランスがどう変わるかをつかむ指標に向いていた」。好みのカクテルを取っ替え引っ替えに飲むのではなく、ひたすらギムレットを飲み続ける毎日は、「磨きが味わいを変化させるはずという仮説を確信に変えた」。

バーテンダーと語り合ううちに気づいたのは、シェーカーが生み出す泡の効果だ。「ジンを泡がコーティングすると、ジンのアルコール感がやわらぐ。クリーミーな泡立ちが飲みやすさを引き出す」(横山氏)。ギムレットには砂糖やシロップで甘みを加えるのが一般的だが、しばしば甘ったるい味になりがちだ。「シェーカーで冷やすと、酸味が立つので、その分を埋め合わせようと、目分量で甘みを上乗せすると、甘ったるくなりやすい。でも、泡がまろやかさを引き出すこのカクテルなら、上乗せの必要がなくなり、すっきりした後味に仕上がるという感想を聞く」。シェーカーのおかげで、カクテルのレシピまで変わるわけだ。

磨きの技術は最大の強みだが、磨きすぎは逆効果だともわかった。「度を超すと、とげとげしい味になってしまう。まろやかな味わいに整えやすい、理想の磨き加減を探った」。バーテンダーと技術者の声を聞きながら、ようやく着地点を見付けるまでには約10カ月を要した。微細な凹凸をあえて残す仕上げは氷が内壁にくっつかない効果も引き出した。グラインダーの先に付ける研磨材は約10種類もの異なるタイプを使い分けている。

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進化が乏しかったバー用品に見付けた商機
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