「本当に医学部でいいか」 名門東海は生徒を迷わせる東海中学・高校(中) 教育ジャーナリスト・おおたとしまさ

高1の総合学習の時間には、医学部志望者を集めて、いわゆる最先端設備がそろった総合病院に実習に行ったり、東洋医学の先生の話を聞いたり、看護師の立場から見た医師という仕事について話を聞いたり、イラクから来た留学生医師が医学を学ぶ理由を聞いたりしたこともある。

2020年2月22日のサタデープログラムは新型コロナウイルスの影響で幻となった=東海中学校・高等学校提供

サタデープログラムとは、一般市民も参加できる公開講座だ。年2回、学校を開放し、合計約100講座が開かれる。講師として、政治評論家の田原総一朗氏、女優の竹下景子氏、漫画家の荒木飛呂彦氏、著名な弁護士、大学の研究機関や宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者などを呼ぶための交渉をするのも、当日一般客を案内・誘導するのも、生徒たち自らが行う。いまでは1回につき来校者が6000人にも上る、地域の一大イベントになっている。この企画・運営自体が、生徒たちを大きく成長させている。

「ほっとくと、成績上位から医者になっていってしまうんです。非常によろしくない。せっかく優秀なんだったらもっと別の分野でも活躍していろいろな角度から社会をけん引してもらいたい。だから本当に医学部でいいのかということを絶えず考えさせたい。迷わせたい。私たちとしてはそう思っているんです。一部の保護者からは『いらんこと言うな』と怒られるかもしれませんが」(西形さん)

医学部合格者数も東大合格者数も知らない

西形さんはある卒業生の話をしてくれた。

非常に優秀な生徒だった。しかし高1のときに父親の事業が傾き、勉強へのやる気を失い、成績が落ち込み、夜のアルバイトをし始めた。たまたま事件に巻き込まれてしまい、一時は無期停学になったが、そこから奮起し、再び勉強を始めると成績はぐんぐん伸びた。一度どん底を味わいそこからはい上がってきた子どもは強い。高3では学年トップになった。

東大を受け、合格した。職員室にいた西形さんに報告の電話をくれた。しかし電話の向こうに嗚咽(おえつ)が聞こえる。「どうしたの?」と尋ねると彼は告白した。「先生も知ってるとおり、高1のとき、僕は学校をやめる寸前までいった。ぜんぜん勉強できない自分がいた。高3で不思議に勉強ができるようになって学年で1番もとったけど、いったいどちらの自分が本当の自分なのかわからなくなってしまって……。入試当日にいったいどちらの自分が出現するかと思うと怖くて、前の晩は眠ることができませんでした」。強い不安を乗り越えての合格だったのだ。

いつもはお茶目な西形さんだが、「生徒一人一人にドラマがあります。それを束ねて数にしたところで何の意味があるのでしょうか」と言ったこのときばかりは目に力がこもった。

「数字なんてどうでもいい。そういう彼の人生にちょっとでも寄り添うことができたことが、自分にとってはうれしい。医学部合格者数○年連続日本一だとか週刊誌には書かれますが、学校としては医学部が何人だとか東大が何人だとか、はっきり言って何の関心もないです。私自身は数字も知りません」(西形さん)

西形さんはほかにもたくさんの卒業生たちのドラマを語ってくれた。

「ときどき彼らが学校に来てくれます。しょうがないからメシをおごります。でも彼らの話を聞いているとこちらの世界が広がります。教えていたつもりがいつの間にか教えられている。教師としてこんなうれしいことはありません。在学中だけしりをたたいて勉強させとったって面白くもなんともないでしょう」

東海中学校・高等学校(名古屋市)
創立は1888年。もともとは浄土宗の僧侶育成のための学校としてつくられた。高校から1クラス分の入学枠があり、高校の1学年は約400人。2019年の東大合格者数は37人、京大が40人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~19年)平均は177.2人で全国2位。特に国公立大医学部合格者数では全国でもダントツの1位。卒業生には、予備校講師の林修氏、ニュースキャスターの木村太郎氏、作家の大沢在昌氏、元総理大臣の海部俊樹氏などがいる。

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新・男子校という選択 (日経プレミア)

著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 935円 (税込み)

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