――「平和日本」という言い方は独特ですね。

「平和日本という言い方は、“日本の平和”のために他国を犠牲にするようなことがあってはならないという戒めを込めた表現だと私は解釈しています。このことからもわかるように、この三綱領は、戦後に書き換えられたんですね」

――そして「明照殿」は東海の象徴であると。

「そうです」

――「勤倹誠実」の意味は。

「まじめにやれよということです。もともと誠実ではなかったからです(笑)。愛知県の土地柄として官尊民卑の思想が強い。大正時代、優秀な子どもは愛知一中(現在の旭丘高校)に進み、落ちた子が東海に来た。不真面目なのが多かったんですよ。そこで当時の椎尾辨匡校長が、『学ばざる者は去れ』と言うわけです。そうしたら生徒が半分になっちゃったということもあったのですけど(笑)」

――「個性」については。

「そこは本校の根幹ですね。枝葉を切り取らないということです。せっかく6年間あるので、いろんなことをやらせます。そのなかから『好きなことをやれ』ということです。だから勉強道具以外はすべてそろっています(笑)。中高生なんて勉強している場合じゃないんですよ。本当は教頭がこんなこと言っちゃいけないのですが、彼らは最後は帳尻を合わせてきますから」

――ホームページには「上滑りの時流に惑わされない個性豊かな人間となることを目指します」とあり、現在の社会のあり方を暗に批判しているようにも読める。

「だって私学なんですから! 戦時中、愛知県には戦闘機のエンジンをつくる工場がたくさんあり、旧制中学の生徒たちもかり出され、空爆を受け、大勢が亡くなりました。でもうちの生徒は1人も亡くなっていません。なぜか。当時の職員会議の議事録が残っています。『県からはこういう通達が来た。どうしようかね?』と校長が言っているんです。当時の県からの命令なんて絶対ですよ。でもそれをいなそうとしているんです。そういうゆるさが生徒を守ったのだといえるでしょう。このゆるさがうちの自慢だなぁ。この伝統を守るのが私たちの役割です」

――勇ましく「生徒を守る!」と両手を広げるのではなく「どうしようかね?」というゆるさによって生徒を守るところがいかにも知恵にあふれていると思う。

「すてきでしょ(笑)」

権力からの押しつけにも上滑りする時流にものらりくらりと抗(あらが)うしたたかな気骨は、官尊民卑の風土のなかでこそ鍛え上げられたものだろう。

東海中学校・高等学校(名古屋市)
 創立は1888年。もともとは浄土宗の僧侶育成のための学校としてつくられた。高校から1クラス分の入学枠があり、高校の1学年は約400人。2019年の東大合格者数は37人、京大が40人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~19年)平均は177.2人で全国2位。特に国公立大医学部合格者数では全国でもダントツの1位。卒業生には、予備校講師の林修氏、ニュースキャスターの木村太郎氏、作家の大沢在昌氏、元総理大臣の海部俊樹氏などがいる。

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新・男子校という選択 (日経プレミア)

著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 935円 (税込み)