キャリアは続くよ壁越えて JR東89年入社の女性役員
JR東日本が誕生して33年。1987年の国鉄の分割・民営化で発足した鉄道会社は輸送・生活サービス企業に変貌した。典型的な「男の職場」は、今や女子学生の就職人気企業となった。その先頭を走ってきたのが事務系総合職の1期生として89年に入社した阪本未来子常務執行役員だ。数々の逆境を乗り越えてキャリアの階段を上り、現在はシニア向けの「大人の休日倶楽部」など営業・観光部門を担い、東奔西走する日々を過ごしている。
「あれ、女子も採用するんだ」。80年代後半のバブル経済期。就活活動を始めた阪本さんは、リクルートブックに載ったJR東の採用欄に目を留めた。東京女子大学で社会学を専攻、特に鉄道事業に興味があったわけではないが、JRに変わった駅員の対応に驚いた。それまでぶっきらぼうだった駅員が「おはようございます」と笑顔で毎朝挨拶してくれた。社名が変更されただけではなく、新たなサービスや自動改札機など設備が次々導入され、「JRは本当に変わった。エネルギッシュだ」と興味がわいた。
モデルなく、最初はいつも不安
平成元年(1989年)に総合職として入社、女性は34人採用された。技術系の女子社員はすでに入っていたが、事務系は初めて。当時は99%が男性の職場、駅のほかにも車両工場や保線区など各施設を回って研修を受けるが、女子トイレのない場所もあった。戸惑いもあったが、乗客の見えないところで、色々な人が働いていると新鮮だった。
当然、女性社員のロールモデルはいない。男性上司に相談しづらい案件もある。そんな時は同期の女性社員と課題を共有し、話し合いながら乗り越えた。総合職なので、職場は次々変わる。「最初はいつも不安、しんどかった」という。渋谷駅で新人時代を過ごし、本社以外に水戸、上野、大宮など関東の主要拠点で勤務した。
何事にも果敢に挑もうとしたが、法律に阻まれた面もあった。99年に法律が改正されるまで、女性社員の深夜勤務は原則制限されていた。JR東は24時間体制で、複雑な勤務体系が組まれている。早朝、夜間、泊まり、というローテーションを回すのだ。しかし、女性社員という理由で深夜勤務はかなわなかった。
渋谷駅の副駅長に、部下との関係学ぶ
2001年には渋谷駅の副駅長に就いた。当時の1日平均の乗車人員は42万人強で、新宿、池袋についでJR東の駅では3位。渋谷駅のナンバーツーとして約170人の駅員をまとめた。安全第一を是としているため、何かあれば、素早く情報を収集し、的確で迅速な判断が求められる。
早く部下と親しくなりたいと、「今晩ご飯にでも行かない」と気軽に声をかけたが、「何か怒られるのですか」と警戒された。気さくで明朗快活な人柄だが、知らないうちに高圧的に接していたのかもしれない。管理職になりたての頃、上司から「細部にこだわらず、もっと俯瞰(ふかん)的に物事を見たらいい」とアドバイスされた。キャリアの階段をあがる度に目線を上げ、全体を見渡しながらの判断を迫られる。マネジメントは難しい、部下との関係を試行錯誤しながら学んだ。
「渋谷駅では多くの経験をし、勉強になった」と振り返る。ICカード乗車券の「Suica(スイカ)」が登場、埼京線の延伸、山手線に幅広の新型車両が導入される、などの対応に追われた。駅構内の人の流れが大きく変わる。「チャージの仕方が分からない」、「どこをタッチするのか」とスイカを使い慣れない人から次々苦情が来る。息つく暇もない日々が続いたが、入社3年目の女性社員と泊まりで一緒になったとき、「仕事について素直に語り合え、楽しかった」と話す。
「大人の休日倶楽部」でシニア開拓
主に営業サービス部門を歩み50歳代手前で執行役員(大宮支社長)に。部下は倍々ゲームで増えた。19年6月に常務執行役員になり、営業部門のほか、観光やオリンピック・パラリンピックも担当する。担当部門の合計社員数は実に約1万人。日本の大企業でも次々女性役員が誕生しているが、これほど多くの社員を率いている女性企業人は珍しいだろう。
いまやJR東は単なる鉄道会社ではない。87年の発足時の売り上げの9割は運輸事業だったが、小売りやホテル、都市開発など生活関連のサービス事業が飛躍、2027年の計画では輸送と生活サービスの売上比は6:4になる見込みだ。首都圏の輸送インフラを核に地域社会全体のリアル・プラットフォーマーとしての存在感を一段と高めている。スイカの発行枚数は8200万枚に迫り、交通系カードからコンビニなど小売店で広く使える、ビッグデータを持つ地域密着型カードに発展した。
阪本さんが手がける「大人の休日倶楽部」の会員数は250万人を突破した。50歳以上のシニア層に限られ、JR東とJR北海道管内のきっぷは5%割引(男性65歳以上、女性60歳以上のジパング会員は30%割引)となる特典で会員が増えた。さらに各地のイベントや講座、カルチャースクールと連携し、「シニアの方の旅だけではなく、地域の暮らしを応援したい。地域のいいところ、いいことを探して、それをつなげ、一緒に盛り上げる」という。
国鉄からJRへ変貌した30年余りの歴史は、阪本さんのキャリアそのもの。高輪ゲートウェイなど新駅の行事や五輪関連の会議に参加したり、鉄道に乗って地方に出張したり、今日も多忙な日々をすごしている。
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