駿河湾でサクラエビ探求 伏兵・もつカレーにもハマる
寒中を過ぎて、2月の声を聞く頃になると、春の先取りのような心でちょっと暖かいところへ行きたくなります。たとえば房総か伊豆あたり。週末の小旅行でどこかないかと情報を当たっていましたら、「サクラエビが記録的不漁」というニュースが目に留まりました。
日本でサクラエビの漁獲があるのは駿河湾のみで、そこでの不漁が2018年から続いているといいます。
筆者は北海道・函館出身で、かつてサクラエビといえば干したものしか知りませんでした。ところがある店で生食したとき、こんなおいしいものがあるとはと心を揺さぶられたのです。口に入れてかむと口の中でさくさくという音がして、新鮮な野菜のようなクリスピーな食感。と思っているうちに、甘エビと同じか上かという甘く、とろりとした味わいにくるりと変わります。
あれが食べられないとは由々しき事態です。しかし、よく調べてみるとさすがに全く取れないわけではなく、価格が高くなっているということです。味を思い出してしまったので、高くても食べたくなってしまいました。しかし漁期は12月に終わったところで、次は3月以降と。いや、生の冷凍品はあるらしい。よし、行こうじゃないか、駿河湾へ。などとたくらんでいたところ、文字通り「渡りに船」という話が舞い込んで来ました。
清水港と西伊豆の土肥を結ぶ駿河湾フェリーという航路があります。その航路で、2月から3月までの毎週末に、「ドラマチック富士山クルーズ」というものを売り出すというのです。三保の松原がある清水の港を出て富士山と駿河湾に沈む美しい夕日を楽しみ、土肥で折り返して帰って来る約2時間半のクルーズ。静岡県の友人がこれに携わっていて、関係者向けお披露目ツアーに参加して意見などを聞かせてくれないかと連絡をくれたのです。
私の専門は旅行じゃなくて食だけれどと言ったところ、クルーズの売りはもちろん景色ではあるけれど、企画の目玉は静岡の食でもあるとのこと。「サクラエビも出る」ということで、2月の初めに清水へ向かいました。
清水‐土肥は陸続きですが、なぜそこにフェリーの航路があるのか。調べてみたところ、渋滞しがちな陸路に対して「海上県道223号線」として整備されたとのことです。とはいえ、行楽シーズン前の2~3月は船の利用は少々減る。そこへ移動手段としてではなく航行自体を楽しむ企画を投入するという、大人の計算はあるわけですが、筆者の主観として結論から言えば、冬の澄んだ空気を通して見る海上からの富士山と夕日は、独りで参加したことを後悔するほど感動的でした。
とか言いつつも、頭の中は食い気優先です。クルーズ商品としては、清水発~土肥往復の乗船料にオリジナルカクテル1杯付きで2000円というのが基本ですが、これに1000円プラスでオリジナルオードブルが付きます。これを関係者のみなさんと、試飲、試食させていただきました。
サクラエビは!? ありました。地元のホテルクエスト清水の青木一敏シェフによる「オードブルdeシズオカ」は、オードブルでありながらコース料理をイメージした3つの小皿。その前菜をイメージした1皿目が「桜エビのテリーヌ サフラン風味」で、小さな姿のサクラエビものっています。これにメインディッシュをイメージする「県産ローストビーフ」、デザートとしての「静岡抹茶のロールケーキ 静岡いちご添え」が付く。静岡の名産が凝縮していて、これはおいしいだけでなく食べていて楽しいものでした。
度肝を抜かれたのは、オリジナルカクテルの一つの「駿河囃子(ばやし)」。グリーンティーリキュール、県産ミカン寿太郎のジュース、そしてやはり静岡名産のわさび(!)を使った、これでもかという静岡スタイルです。
「わさびが入った味は想像つかないな」
などぶつぶつ言いながら一口飲みましたが、納得です。これを開発した三島市「Bar Aoki」の青木孝夫バーテンダーは「わさびは隠し味に少しですから」と説明されていましたが、茶、ミカンに加えてわさびの味があることで見事に全体がまとまっていると感じました。いやいや、これはびっくり。
夕方に清水港を出た船は1時間ほどで土肥港に着き、折り返して午後7時ごろに清水港に戻って来ました。お礼を言って下船して市内へ。そう、食べたのはオードブルであるので、おなかはすいています。そして、サクラエビのテリーヌはおいしかったけれども、それが余計に「サクラエビが食べたい!」という気持ちをかき立ててくれてしまいました。
というわけで、駅前をさまよって地元の居酒屋を探して入店。サクラエビのかき揚げがあります。かき揚げもサクラエビの楽しみ方の王道の一つ。さっそく注文して、ビールと楽しみ、次いで熱かんで楽しみ、と。
ざくざく。さくさく。そして甘み。やはりうまいなぁと思っていたところ、おなじみさんと店主の意外な会話が耳に飛び込んできました。
「サクラエビが取れなくてたいへんだね」
「そう。でもお客さんはサクラエビ食べたいって言うからね。だからうちは台湾産を使ってる」
え? 台湾産なの、これ? 台湾産もあるとは知らなかった。いや、これは意外です。
いいえ、お店と台湾の漁師さんの名誉のために言っておきますが、これは確かにうまかったのです。本当に楽しみました。とはいえですよ、清水まで来て台湾産のサクラエビを楽しみました、というのでは旅行の意味としてどうなんだろうという気持ちは残ります。というわけで、翌朝、市場へ行って生の駿河湾産サクラエビを買って帰ることを決意したのでした。
清水駅から徒歩10分ほどのところに、仲卸さんたちの一般消費者向けの店が並ぶ「河岸の市」という施設があり、駐車場には県外ナンバーもけっこう見られます。清水港はマグロの水揚げ日本一と言われるだけあって、たいていの皆さんのお目当てはマグロで、館内の小売りゾーンの「いちば館」も食堂ゾーンの「まぐろ館」も、前面に打ち出しているのはマグロです。しかし、サクラエビ、シラス、それからタチウオなども名物のようです。
サクラエビは、冷凍、釜揚げ、干しエビと各種そろっています。そんな市場の中で生の冷凍を見つけたときは安堵すると同時に、しかし一歩後ずさりしました。手のひらにのるくらいのサイズのケース入り(200グラムでした)が2000円です。ちょっと勇気がいりましたが、やはり買いました。税別でなかったのが幸いです。
さて、せっかくなので食事をしてから帰ろうと、食堂のサンプルやメニュー写真を冷やかしながら歩いていたところ、これは何だ? というものを見つけてしまいました。ある店に、「もつカレーとマグロ丼のセット」というメニューがあったのです。
「もつカレーって何だ?」
しかも「販売終了」となっていて、そこで食べて確かめることができません。これは気になります。スマホを出して調べてみたところ、私はうかつだったと気付きました。「もつカレー」は清水のもう一つの名物だったのです。いわゆるご当地を代表するB級グルメです。とんでもない伏兵の登場です。これは捨て置けません。
いくつかの情報をたどると、発祥店とされる「金の字」というお店の名が挙がります。すわ、と向かいましたが、やっていませんでした。「もつカレー」は、もともと、もつ専門の居酒屋のおつまみとして生み出されたもので、これが清水の人たちに愛されて、今や市内のいろいろな店に広まった、ということのようです。
おつまみでは休日の昼間にありつくことはできないだろうと観念しましたが、どうもあきらめがつきません。とぼとぼと歩いていると、駅前広場で子供向けに信州から運んだ雪遊び大会をやっています。そこにフードトラックも出ていたので、もしかしてと探しましたが、見つかりませんでした。
しかし、思いつくのです。カレーといえば、全国どこでもご当地カレーのレトルトを売っているものです。そうです! もつカレーも、土産物としてのもつカレーがあるに違いありません。そこで、お天気もよいので散歩がてらさらに20分ほど歩いてショッピングモール「エスパルスドリームプラザ」へ行ってみました。
ありました! レトルトに缶詰にざっと5種類。地元の居酒屋監修のもののほか、ともに清水に本店があるはごろもフーズとホテイフーズコーポレーションの缶詰もあります。これなら堂々たる清水のおみやげとなります。
これを買い込んで帰途に。その後しばらくは自宅が「清水居酒屋」になりました。晩酌1度につき、サクラエビを20グラムほど解凍して、200円のお通しのつもりでつつき、もつカレーでおいかけ、といった調子です。
サクラエビの漁獲が回復して、あれを口いっぱいほおばれる日が来ますように。
(香雪社 斎藤訓之)
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