そこにはもちろん大手がこぞって狙うだけの理由がありました。そもそも医療・ヘルスケア市場は数十兆円の巨大市場であり、医療費増大は社会課題です。つまり、ものすごく多くの課題やニーズがあるはずです。かつ、まだまだモバイルが活用されていませんでした。ドコモは携帯電話向けネット接続サービス「iモード」を立ち上げ、「着メロ」などを含めたデジタルコンテンツで大きな市場を創出した後で、同じことをヘルスケアの領域で起こせば爆発的に伸びるはずだ、と考えたわけです。

このとき事業立ち上げには5人ほどのメンバーが集められました。上司や先輩も優秀な人ばかりで、7割ほどがMBA(経営学修士)取得者で、私たちは日々たくさんのビジネスフレームワークを使い、理詰めで事業を考えました。

理論的には大きなニーズがあるはずなのに

いくつもの事業を立ち上げましたが、実際には狙い通りにいくことはなく、胃の痛い思いと自己嫌悪に見舞われながら、そのうち大半の事業をクローズしました。しかし、これは何もドコモに限った話ではなく、他社も同様だったのです。

理論上は大きな課題とニーズがあるのだから、事業はうまくいくはず――。各社とも「課題解決」をロジカルに考えた結果、睡眠時間や心拍数などのヘルスケアデータを計測し、記録し、アドバイスする、という似たようなサービスや機器をこぞって出し、そしてどれもそれほど大きなインパクトを出せていません。

この頃ちょうど、ある広告代理店が「デザイン思考」を生み出した米国のデザインコンサルティング会社、IDEOと一緒に営業にきました。ロジカル思考の限界を感じていた私はそれに飛びつき、フィールドワークで社会や集団の行動様式を調査する「エスノグラフィー」の手法を使い、たくさんの人の家を訪問し、インタビューを重ね、メンバーたちと色とりどりの付箋を貼ってアイデアを書き出し、ブレーンストーミングを重ねました。しかしここでも革新的なアイデアは出てきませんでした。

このように書くと、ロジカル思考やデザイン思考が役に立たないとか古いと誤解されがちですが、そうではありません。事業のフェーズやタイプによってはそれぞれ今でも強力なツールになりえます。しかし、0→1の事業においてはロジカル思考とデザイン思考だけでは足りなかったのです。

若宮氏はアート思考が急激にもてはやされることを危惧しているという(2019年10月、東京・渋谷でのイベントで)

うまくいく「はず」なのに――。私は自信を失い、それを隠すために虚勢を張り、焦り、プロジェクトチームを強引なリーダーシップで率いて空中分解させます。そして会社を何日か無断欠勤するほど落ち込みました。

そんな経験を経て、私は新規事業には理屈が通用しないということ、そして計画通りにはならないということを骨身にしみて学びました。実は新規事業の立ち上げの前に、1年ほど携帯電話事業の販売計画のマネジメントをしていたのですが、そのときはロジックが有用でした。計画通りに実績をあげ、社内で高く評価されました。そんな私にとって、新規事業での度重なる失敗は大きな挫折であり、転機となりました。

なぜうまくいかないのか――。考え、情報を集め、試し、何度も何度も自問し、もがきながら、そこから以下のようないくつかの教訓を得ました。

・社会課題やニーズがいくらあっても、0→1の新規事業はうまくいかない

・合理性、有用性を考えるとみんなが同じような答えに行き着いてしまう

・本質的には「自分らしさ=ユニークさ」がなければ価値を変えるような事業は提供できない

イノベーションに「正解」はない

つまりはニーズがあるとデータを確認できていても、観察によって潜在ニーズがありそうにみえても、新規事業は成功するとは限らない――ということです。言葉にするとあまりに当たり前すぎるのですが、以前の私のように、このことが本当に腑に落ちている人はあまり多くないように思います。

そしてモバイルヘルスケアのサービスが各社似たりよったりのものだったように、理屈やデータで考えると「おなじ」ものに行き着いてしまいます。これが大きな罠(わな)なのです。

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