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もしかしたら、本来おちゃめなところがあって、普段はそういう役はあまりやらないし、僕なら相手役をしてくれるだろうと思っているのかな(笑)。ちょっと計り知れないところがあって、そこが彼の魅力でもあります。

万里生は、僕と同じ東京藝術大学の声楽科の出身。お父様がテノール歌手で、彼ももともとオペラ歌手を目指していたと思います。クラシックの素養は、僕なんかより全然しっかりしています。コンサートにしても、僕はよくも悪くもふざけがちというか、ただ歌うだけということはせず、どういう構成で楽しく盛り上げようかというほうに関心がいくのですが、万里生は音楽そのものに対する意欲がすごく強い。歌詞を書いて、編曲もするし、演奏や指揮をしたり、スタッフワークにもかかわっていたりしています。

実は、万里生がデビューしたころ、僕たちは似てると言われていました。周りから「芳雄にそっくりな藝大卒のテナーが今度デビューする」と言われて、僕は「ヤバイ、何だか嫌だな……」と内心思いました。僕のあとも藝大からミュージカル界に来る人はいたけど、同じ方向性の人はいなかったので、つい警戒したのでしょう。万里生にしても、本当によく間違われたみたいで、「井上さん」と言って手紙を渡されるのはしょっちゅうだったと言っていました。共演もそんなになかったので、しばらくは距離がありました。

でも、だんだん話しをするようになり、お互いをよく知ると、全然似ていませんでしたね。声も芸風も違うし、第一、万里生の方が断然顔が小さい(笑)。それで安心して、最初はお互いに意識したけど、距離が縮まったのかもしれません。そういう場合は、仲良くなるか疎遠になるかのどっちかでしょうから、仲良くなれてよかった。後輩ですけど年代も近いし、今では僕の数少ない同業者の友人です。

6月にはスペシャルライブのゲストに

万里生は、とにかく根がまじめで一生懸命。ミュージカルの舞台では、黙々と、安定して自分の役割を果たしています。歌がしっかりしているし、顔も小さくてスタイルもいい。芝居心もすごくあると、一緒にやっていて感じます。だから、もともとミュージカル俳優としての素質を持って、この世界に来たと思うんです。そのうえで、ものすごく努力をするのが、彼の素晴らしい才能です。

やはり素質があっても、最初から完璧な人は誰一人いないと思うんです。そのときに必要なのはきっと、新しい技術や経験をひとつずつ自分でものにしていくことで、それを積み重ねる努力。万里生はそれがちゃんとできているから今のポジションを築いているのだと思うし、尊敬できるところです。僕自身もそうありたいと思うし。

デュエットを重ねるうちに、万里生のことがどんどんかわいくなってきたのも確かです(笑)。彼は自分のことをあまりしゃべる方ではないので、謎めいたところがあります。例えば、私生活はどういう感じなのかとか。きちんとして見えるからこそ、本当はそれだけじゃないだろう、みたいな。いい意味で、興味をそそられます。きっと僕の知らない面がまだまだあるでしょうから、その一端を、ぜひのぞかせてほしいですね。

6月には、東京国際フォーラムで開かれる、僕のラジオ番組のスペシャルライブにまたゲストで来てくれます。今度は何をやってくれるのでしょうか。楽しみです。

井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第63回は2020年3月7日(土)の予定です。