いよっ松之丞改め神田伯山 襲名・昇進パーティーの巻
立川談笑
そもそも、頃(ころ)は令和二年かのえねの年二月九日。ところは浅草はビューホテル。晴れやかに着飾ったる紳士淑女の二人、三人あるいは八人、十人、十五人。きらびやかなるその群衆の向かいし先をば見上げれば。なんと! 白地に大きく墨痕くろぐろと「松之丞改め神田伯山襲名真打昇進披露」としてあったりィ~い! パン、パン、パパンパン! ……と講釈風に始めてみました。わはは。
行ってきました、披露パーティーへ。さすがは今をときめく講談界の風雲児。しかも一世一代のお披露目ですから、豪華でしたよ。久しぶりにドン!と派手な真打ち昇進披露パーティ―を見た気がします。
会場入り口には、ずらーっとお花が並びます。お花の札にはそれぞれ、テレビ、ラジオ、新聞雑誌といったメディアや著名人たちの名前がこれでもかとひしめいちゃって。当然ながらその名札に対応する本人や関係者が、実際にその場に集うわけです。「あ、あの人がいる。えー、この人も来てるんだ」ってなもんで、500人以上入りそうな広い会場は人が詰まってるだけじゃなくてテンションも異様に高い。
おっとっと! ちょいと待った! ここから、パーティーがどう豪華だったかなんて実況はしません。今回は、この先いつかご招待を受けるかもしれないあなたのために、真打ち昇進披露パーティーを落語家目線で解説してみます。
私なんか「ドリンク持ち込み」
我々落語家は、このパーティーを普通は単に「ひろめ(披露目)」と呼びます。「ひろめのパーティー」とか。「あいつのひろめ、行くかい?」「ちょこっと顔出して、乾杯まで」みたいな。松之丞改め神田伯山先生は講釈師なので落語家ではありませんが、しきたりとしては共通でした。所属が落語芸術協会ということもあるのでしょう。
真打ち昇進のパーティーは、一般的な結婚披露宴に似ています。主催する新真打ちとしては心細いもので、「あのぉ、手伝いの経験ならありますが自分が主催するのは初めてなので、右も左も分かりません」という状態。婚礼の新郎さんと一緒です。そこで「あっ、いやいや。ご心配なく。私は5回目だから慣れたもんです」なんて。そんなのは、あまりいない。
会場まかせでいいんです。毎年のように昇進パーティーを開催している会場の宴会係さんの方は、事前の準備から当日の段取りまですべてを心得てます。「万事、おまかせください!」と。
それでも、そっくりそのまんますべてをお任せしちゃうと、あまりに会場側にとって都合のいい客になりすぎてしまいます。あれもこれもと経費がかさむ。ですから、そこはそこ。できれば裏方経験のある身近な人に助言をもらいながら、少しでも安くあげる工夫をします。私なんかは、会場に顔が利く人の助けを借りてずいぶん安くしてもらいました。とりわけ「ドリンク持ち込み」は大きかった。あれがなかったら大赤字だったことでしょう。
参加者に届く招待状も、婚礼のときと同様です。封筒の中に「出席・欠席」の返信はがきが入ってる、あの体裁です。参加費用は明記してありませんが、当日包むご祝儀の額も結婚披露宴と同じように考えて大丈夫です。いくら包んでます? ……ああ、それで十分です。間違いありません。
余談ですが、「招待された客はいくら包むべきか迷うんだから、金額を明記しなきゃダメだ」という意見もあります。身もふたもないようですが、確かに一理あります。実際に、「お気持ち」として招待客が支払ったのが2000~3000円だったとかなんとかでトラブルになりかけた例を知っています。国会だってモメるのは5000円から……いや、その話はおいといて。
逆に、なまじっか「参加費」を明記したために高額を包んでくださりそうな上客が「参加費」だけになってションボリ……なんて話もあったりして。いやあ、いずれにしても生臭い話で恐縮です。まあ、そんなこんなのぼんやりした割り切れなさも含めて、「ああ、婚礼のご祝儀と一緒なのね」、と聞き流しといてください。
落語界でも和装は少数派
次に服装。昇進パーティーの参加者の服装は、結婚披露宴とずいぶん違うところです。とにかく幅が広いんです。礼服に白ネクタイの男性や、極めまくったパーティードレスの女性もいらっしゃいます。が、少数派です。フォーマルってほどじゃないけど普段よりおしゃれな服装。これが多数派のような気がします。すてきな和装に身を包んだご婦人は多いかな。それでも、なんなら普通のスーツでも恥ずかしくないし、本気で平服の人だっています。ノーネクタイでも乗り切れそうなくらい。
そして落語家の服装。意外なことに必ずしも和装ではないのです。もちろん新真打ちとその身内なら、黒紋付き、羽織に袴(はかま)といった正装です。つまり師匠だとか、あに弟子、おとうと弟子だったりとかは黒紋付き。ところが同じ一門、同じ協会、別の団体、と関係が離れるにつれて、紋付きでなくなったり、袴をつけなくなったり、果てはスーツになったりするのです。別に明確なルールがあるわけではないのですが、主役に遠慮するのかそれとも着替えるわずらわしさがない気安さなのか。とにかく、立場に従ってちょっとした服装のグラデーションが生じるさまを見て、私はいつも不思議な感慨に包まれます。この日、立川流落語会からは私も含めて8人が参加しましたが、ひとり残らず洋服姿でした。
最後にもうひとつ。普通と変わっているのがお開きの時間です。この日の会は、開宴がお昼の12時で、中締めが12時30分。たった30分で三本締めをして、ハイお開き、と。わはは。初めての人は驚きますが、これは寄席関係独特のパーティーの特徴です。昼席の仕事がある落語家芸人が帰りやすくするための工夫ですね。もちろんそのままその場所で、2次会という名の披露パーティーは、さらに楽しくもっとにぎやかに続くのです。
いよいよ新生神田伯山が始動します。講談の世界も、寄席もますます活性化することでしょう。明るい未来にワクワクします。
松之丞さん改め伯山先生、真打ち昇進おめでとう!いよっ、日本一!!!
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
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