広告嫌いだった中島信也 葛藤克服した資生堂の乙女CM編集委員 小林明

――だから東北新社に入ることになったんですね。

「ところが、さらに曲折がありました。東北新社の創業者、植村伴次郎さんにお会いしたところ『君みたいなのは電通に行った方がよい』と言われたんです。後で聞いた話ですが、植村さんは電通の田丸秀治社長に話を付け、いったんは電通に入社することで決まりかけたらしい。でも『それは困る』と博報堂から横やりが入り、すったもんだの末、最終的に僕は東北新社に預かってもらうことになった。こうして就職が決まりました。中山君は電通、小林君は資生堂に合格。結局、チーム4人のうち3人が広告業界で働くことになります」

「広告はイメージ作る偽物」、どう落とし前つけるかがテーマに

――東北新社でヒットCMを連発し、売れっ子ディレクターになりました。

「でも、心の中ではずっとジレンマを抱えていたんです。『広告はイメージを作るだけの偽物だ』なんて嫌っていた人間が、広告業界に入ってしまったものですから……。その落とし前をどう付けるのかが入社以来、大きなテーマになりました。『生活のためにCMを作っているんだ』という言い訳も考えますが、それではやはり何か違う。こうして『自分がやっていることは何なのか』ということを自問し続けた結果、十数年くらい前かな、ようやく自分なりに落とし前を付けることができたんです」

本社の仕事部屋ではいつも立ったままで作業している

――どうやって落とし前を付けたんですか。

「CMって、企業と生活者の良い関係を作ることではないかと思ったんです。需要と供給という経済的関係だけで、果たして企業や生活者は幸せになれるのか。売らんかなという販売促進だけでなく、CMを通じて企業と生活者がつながってゆく。つまり、コミュニケーションを作り、企業と生活者の良い関係を築くのがCMの役割ではないか。そういう良い関係がいくつもあるのが豊かな社会だから、僕もCM作りで豊かな社会づくりに貢献できるはずだ。そのためにもっとみんなに喜んでもらえる質の高いCMを作っていこう。改めてそう心に誓ったんです」

ネット社会・景気低迷……、広告が面白くなくなる危機感

――なぜ十数年前だったのでしょうか。

「おそらく、ネットの普及で広告効果が厳しく問われるようになったからかもしれません。景気も良くなかったですし……。でも、広告効果がいくら重要でも、通販チラシみたいなCMばかり作っていては仕方がないでしょう。このままでは広告がまったく面白くなくなってしまうという切実な危機感がありました」

資生堂の企業CM「新しい私になって」(2006年)では熊木杏里さんとともに作詞も手がけた

「今でもよく『中島さん、CMでこの製品を売ってください』なんて言われますが、そんなことできるかどうか僕には分かりません。でも、企業や製品のことを好きになってもらい、人々のハートを少しだけプラスにするくらいのことならできるかもしれない。その結果、『お気に入り』や『ひいき』になってもらい、製品も買っていただく。そんな丁寧なプロセスをすっ飛ばしてはいけない。CMは消費者に触れる最後の表現の部分を作っているにすぎないと思います。その無力さも分かったうえで、人々の役に立ち、喜んでもらえるようなCMを作っていきたい。そう考えています」

――自分の中でそれまでと一線を画したCMはありますか。

「資生堂の企業CM『新しい私になって』(2006年)は一つの区切りになった作品ですね。僕は企画から演出のほか、CMソングの作詞(共作)まで手がけました。企業と生活者の関係をつなげるコミュニケーションの橋渡しとして、大きな役割を果たせたんじゃないかと思っています」

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