転職3回、マーケ極めて大手化粧品からスイーツ専門店ベンチャー企業に転職しました(3)

ベイクの川原林毅彦さん
ベイクの川原林毅彦さん

大手企業とは異なる魅力にひかれ、ベンチャー企業への転職を考える人が増えています。すでにベンチャーへの転職を果たした人へのインタビューを通じ、新興企業で働く醍醐味や活躍する人材像を紹介する連載。第3回は焼きたてチーズタルト専門店など、人気スイーツブランドを運営するBAKE(ベイク、東京・港)のマーケティング部長、川原林毅彦さん(43)です。

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――新卒で就職したのは化粧品会社でした。

「学生時代に所属した広告論のゼミの研究テーマが化粧品業界だったことがきっかけです。どのような付加価値、メッセージをのせて、消費者に他社商品との違いを訴えるかによって、化粧品の価格は大きく変わります。このため、年間の広告費が非常に大きくなります。マーケティングを学ぶ立場としては非常に興味深い商材でした。顧客とのコミュニケーション次第で異なる付加価値を感じてもらえる。そんな仕事に魅力とやりがいを感じました」

「最初の3年間は海外事業部のマーケティング担当として、グローバルな化粧品市場全体の調査・分析や海外向け商品の企画・開発を幅広く担当し、4年目に米ロサンゼルス(カリフォルニア州)にある現地法人に派遣され、米国ではマーケティングマネジャーとして、現地向け商品の企画・開発、販売促進に携わりました」

川原林毅彦さん 1976年生まれ。2000年早大商卒、大手化粧品会社入社。約3年、海外事業部でマーケティング(市場調査、海外市場向け商品の企画・開発)に従事した後、米国現地法人に駐在。05年大手広告代理店入社。15年家事代行会社入社、マーケティング部長を務める。19年9月ベイク入社。

「現地では終業時間に仕事を終えるのが当たり前。夕方以降の時間や週末にゆとりができ、ビールで息抜きしたり、ゴルフやサッカーに興じたり、現地の生活をおう歌しました。半面、『このままでは自分はダメになるかもしれない』と焦燥感にかられるようになりました。『さまざまな業界のマーケティングも体験したい』との気持ちも募り、転職を考え始めました。当時、29歳でタイミング的にも『ちょうどいいかな』と思いました」

「転職先については『多種多様なマーケティングを学べる場』として広告代理店に的を絞り、転職サイトや代理店の採用サイトに登録しました。たまたまそのころ、友人の結婚式が重なり年数回、1泊3日の日程で一時帰国していました。帰国のたびに面接を受け、大手広告代理店への入社が決まりました」

――念願の広告代理店での仕事はどうでしたか。

「代理店では、担当する顧客の広告戦略について、一番はじめのコンセプトを決めるところから、最終的に広告として日の目を見るまで、一気通貫で担当する仕事を担当しました」

「最初に担当した大手電機メーカーでは、まだ黎明(れいめい)期にあったスマートフォンのブランディングに従事しました。市場が成熟した商品は価格競争に陥りがちで、マーケティングとしてできることが限られます。半面、当時のスマホのように商品自体がまだ認知されていない場合、人々の生活をどう変えるのかなど、打ち出せるメッセージはいくらでもあり、マーケティング担当者の腕の見せどころでした。毎日午前3時ごろまで働く激務でしたが、『パラダイムシフトの一端を担っている』と実感でき、モチベーション高く働くことができました」

誰かのためになる仕事をしたい

「担当する業界が変わりながら、その後8年近く、この生活が続きました。ただ、40歳まであと数年となったころ、深夜遅くまで残業する生活が体力的にきつくなってきました。また、ちょうどそのころ広告代理店と顧客企業の関係が変わってきていました。それまでは消費者データについて、企業は代理店を頼っていたのですが、電子商取引(EC)の普及で直接、データを集められるようになってきたのです。毎日遅くまでボロボロになりながら働いているのに、一体誰のためになっているのか――。これまでの働き方に疑問を感じ、体力的負担を軽減するとともに『誰かのためになる仕事をしたい』と考え、転職へと気持ちが傾きました」

――3社目に選んだのはベンチャー企業でした。選んだ基準は何だったのですか。

「『誰かのためになる仕事』ということを軸にして転職先を探しました。しかし、自分の家族に目を転じると、2人目の子供が生まれたばかりなのに、私は深夜まで残業続き。私に頼れない妻は、自分自身もフルタイムで働いていたにもかかわらず、全てを一人でこなす『ワンオペ』状態で大変そうでした」

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